偽りなら数え切れぬほど

それに気付いたのは必然だった。
うろうろと不審極まりない様子で私の部屋の外をうろつく影。
それが何度も溜息を吐く。


「入りたくないな」


ポツリと落とされた呟きに胸が痛んだ気がするが気にしない。
だって、城の人間に嫌われているのなんて今更だから。
でも、会ったこともない人に嫌われているのはやっぱり悲しい。


「どなたかぞんじませんが、どうぞおはいりください」


まだ言葉に不慣れな身体は言葉を扱いにくいのが難点だ。
どうしても、平仮名の発音になる。
でも、言っている言葉は大人の使う言葉だ。
これが嫌われる原因だとわかっているけれど、敬語って大事なんだよ。
廊下にいる人が入ってくる様子はない。
すくっと立ち上がって、重心の取りにくい幼児の身体で必死に歩いて襖へと向かう。


「はいらないのですか?」


もう一言声をかけて、この身体には重い襖を開けた。
見上げた先には少しばかり柄のよろしくない印象を受ける青年…いや、少年?
まぁ第一印象、きっと勘違いされやすい強面さん。
それだけ思うと、あの子を思い出すけれど、すぐにそれを頭の片隅に押しのけた。


「あ」


声を上げたのは彼の方。
驚くほどに私の容姿は気味が悪いものですかね?
テラ美形二人から生まれたからそこそこ見れる顔だと思っているんですが。


「はじめまして、わたしはだててるむねさまがそく、さかえまるともうします」

「お、れ、あ、私は鬼庭綱元と申します。本日より栄丸様の傅役となりました」


思わず出た一人称を言い換えた綱元さんはあの鬼庭綱元なのだろう。
吏の鬼庭。
伊達政宗公の側近片倉景綱と従弟伊達成実と共に伊達三傑と称された人。
そんな人が私の傅役と?
それは出世なのか?降格なのか?
春と言えど、廊下は冷えるし、立ったままだと綱元さん見上げなきゃいけないから、私が辛い。
ので、部屋に入って頂きましょう。
喜多以外の人と話すの久しぶりだし、嫌じゃなければ少しの間一緒に居てくれたら嬉しいな。


「つなもとさま、どうぞこのようないりぐちではなく、なかへ。さっぷうけいなしつではございますが、ごゆるりと」

「はぁ」


促して、気付かれないように上座に座ってもらう。
どうやら、私の異質さに混乱して、気付いてないみたいだし、良かった。
これをやると喜多に自分のお立場をご理解くださいと怒られるんだもの。
私の異質さは良く分かってるけど、喜多の私への対応は最早子供に対するそれじゃない。
いいけどね、その方が楽だし。
あれ?確か鬼庭綱元って梵天丸の乳母だった喜多の義弟じゃなかったか?
ってことは、喜多と義姉弟か、この人は。
血は繋がってないけど、片倉景綱も義兄弟だよね?
喜多を挟んで。
あ、小十郎の方が有名なんだっけか。
でも、あれ通称だし。
継承名が小十郎で、本来は景綱が正式名だったような。
そっと見上げた目の前の綱元さんは少しだけ喜多に似てる気もする。
意志が強そうな目とか。


「きみがわるくございましょう?」


自虐気味に嗤ってみる。
気味が悪ければ、早々に立ち去ってくれるだろう。
少しとはいえ、喜多と似た顔に拒絶されるのは出来ることなら早めにして欲しい。
そう思って言ったのに、スッと腕を持ち上げて私に近付いた綱元さんは何を思ったのか私を抱き締めた。


「気味など悪くありません。それが栄丸様であるのなら、私の前ではそうで在られてください」


何言っちゃってんですか、綱元さん。
数えで二つとはいえ、1歳半の子供がこんなだったら気持ち悪いでしょうよ。
本人である私でさえ、嫌だよ。


「つなもとさま?」

「様など付ける必要はありませんよ、栄丸様。貴方は輝宗様の御嫡男であられるのですから」


流石、喜多の義弟。
言ってくれるじゃないか。
こんなイレギュラーの私に。


「わたしはきえるみなれば、てるむねさまとよしひめさまのこをなのるのもおこがましいみであります」


鬼児や妖の類と言われる私をどうしてそんな風に言えるのだろう。
生まれた時から最上の姫こと義姫様に嫌われ、腫れ物に触るように恐る恐る接してくる輝宗様にも好かれていないのは分かりきっている。
月に一度30分会えれば良い方じゃないか。
それに私は異端なんだ。
居ない筈の存在。
伊達家の嫡男は栄丸なんて私じゃなくて、梵天丸なんだから。


「栄丸様、この綱元、ずっと貴方のお傍に居ります。もうお一人になど致しません」


何を言ってるんだ?
綱元さんは私なんかの傍にいちゃダメじゃないか。
梵天丸が元服して伊達政宗公になったら、吏の鬼庭って呼ばれるようになるんだもの。
そこは歪めたくなんてないの。
私が歪めたいのは、嫌われていようとも父上である輝宗様の死亡フラグを圧し折ること。


「あ、つな、も…と?」


拙く綱元さんの名前を呼んだ。
上手く言葉が出てこない。
綱元さんの着物の脇腹辺りを握り締めると、私を抱き締める綱元さんの腕に少し力が加わった。
なんだか無性に泣きたくなった。


「誰も必要とせず愛しもしないのであれば、私が愛しましょう」


ごめんなさい。
そう伝えたいのに、私はその手を振り切れはしなかった。
本来なら両親から与えてもらえるであろう無償の愛情を綱元さんから感じたから。
この世界で与えられた唯一の光に私は縋ってしまったのです。



偽りなら数え切れぬほど
和「ふきだまり、旋回」(c)ARIA
write by 99/2010/10/28
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