王となるべき君へ冠を

今年数えで十六になった俺は元服も初陣も済ませ、主君輝宗様の嫡男であられる栄丸様の傅役になることになった。
正直、あまり嬉しくはない。
義姉の話によれば、大人しく駄々もこねぬ子供らしいが、栄丸様は数えで二つ。
まだ物心もつかぬ子供だ。


「入りたくないな」


この襖を開けた先、これから主となる栄丸様が居る。
子供は苦手なのだ。
すぐに泣く。
今はもう平気だが、義姉を挟んで血の繋がりはない義弟景綱でさえ、俺と初めて会った時には泣いたのだ。
この顔は子供受けが悪いのは百も承知。


「どなたかぞんじませんが、どうぞおはいりください」


たどたどしく舌っ足らずな言葉綴りであるのに、大人のような言葉に俺は固まった。
義姉によれば、この部屋には栄丸様しか居られない筈なのに。


「はいらないのですか?」


少しばかり近くなった声が聞こえたかと思うと、がたがたと音を立てて襖が開いた。
自分の目線の先には誰も居らず、目線を足元に下ろすときょとんと己を見つめる少年…いや、幼子。


「あ」


泣かれる。
そう思った。
しかしながら、幼子は泣くことなく、その顔に浮かんだのは笑顔だった。


「はじめまして、わたしはだててるむねさまがそく、さかえまるともうします」

「お、れ、あ、私は鬼庭綱元と申します。本日より栄丸様の傅役となりました」


思わず出た一人称を言い換え、栄丸様に挨拶する。
と言い切ったところで、妙な違和を感じた。
可笑しい。
可笑しすぎる。
栄丸様は数えで二つの筈。
礼儀作法の教育はおろか、まだ言葉の教えさえ受ける年齢ではない。


「つなもとさま、どうぞこのようないりぐちではなく、なかへ。さっぷうけいなしつではございますが、ごゆるりと」

「はぁ」


拍子抜けもいいところだ。
こんな口達者な子供を俺は知らない。
勧められた座に座ると、目の前に栄丸様がするりと正座なされた。
見上げてくる視線に恐れるようなものはなく、どこか嬉々とした光を宿しているように思う。


「きみがわるくございましょう?」


自虐気味に嗤う栄丸様のお顔は幼子には到底思えぬものだった。
だけれども、俺にはその笑顔が、泣いているように思えてならず、失礼を承知で目の前に座っていらっしゃった栄丸様を抱き締めた。


「気味など悪くありません。それが栄丸様であるのなら、私の前ではそうで在られてください」

「つなもとさま?」

「様など付ける必要はありませんよ、栄丸様。貴方は輝宗様の御嫡男であられるのですから」


幼子に与えられた部屋は日当たりはいいものの、人の気配がなく、物寂しい。
子供の喜びそうな玩具など一つもなく、あるのは栄丸様が昼寝に使うのであろう褥のみ。
誰かの声も聞こえない寂しい室にただ一人、この数え二つの幼子は何を思い過ごしてきたのか。
そう思うだけで、腹の奥に重いものを感じた。


「わたしはきえるみなれば、てるむねさまとよしひめさまのこをなのるのもおこがましいみであります」


消える身?
殿を於東の方の子を名乗るのもおこがましい?
当然の権利を何故この方は捨てなさるのか。
答え等とうに出ていたではないか。
お生まれになられてこのかた、栄丸様は病がちであられるとの理由で公の場に出されることなく過ごされてきた。
だからこそ、輝宗様の小姓であった俺でさえお会いすることなく、傅役になって初めて会うことになったのだ。
その間に聞いた噂はいいもの等一つもなかった。
麒麟児と言うには年に似合わぬ物言いと知識に妖の類ではないかとまで言われていた。
聞いたところによると、於東の方こと義姫様は栄丸様に会われるのを頑なに拒否なさっているという。
輝宗様が栄丸様のいらっしゃる離れに向かわれるのは良くて月に一度。
傍に居られる時間も四半刻もいらっしゃらない。
どれ程の孤独を抱えておられたのか。
義姉である喜多の言っていた言葉が頭を過ぎる。


『綱元、どうか栄丸様を頼みますよ?あの方は我慢を当然と思われるお方。愛され方を知らない寂しいお方なのです。どうか、どうか』


愛され方を知らぬ。
無償の愛を受ける筈の嫡男であるにも係わらず、何一つ愛情を与えられなかった栄丸様。


「栄丸様、この綱元、ずっと貴方のお傍に居ります。もうお一人になど致しません」

「あ、つな、も…と?」


拙く呼ばれる名前が愛しい。
この方を真に守れるのが自分だけであるのなら、そうであればいい。
細く頼りない腕が彷徨い、己の脇腹辺りを小さな手が握るのを感じ、少し抱き締める力を強めた。


「誰も必要とせず愛しもしないのであれば、私が愛しましょう」


それは、新しい主に誓う初めての誓いだった。



王となるべき君へ冠を
和「ふきだまり、旋回」(c)ARIA
write by 99/2010/10/28
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