心理は掴んだ途端に零れていく

義姫様の言葉に我が耳を疑った。
まさか、栄丸様だけでなく、ついこの間まで溺愛していた梵天丸様にまで、あのようなことを言うのかと。
騒ぐ者を一喝したのは、誰でもない輝宗様で、梵天丸様は左目に涙を堪えておられた。


「お待ちください」


義姫様を下らせようとした輝宗様を引き止めたのは、栄丸様だった。
いつも通り、静けさを携えられた金眼で、義姫様を真っ直ぐに見据えられていた。
礼儀に則った仕草で義姫様の前まで行かれると、少しだけ庇う形となった梵天丸様を一瞥し、もう一度義姫様を見上げられた。


「天下を手にする為に必要なものとは何だかご存知ですか?」


そっと落とされた言葉は、思いがけないものだった。


「力も必要です。智も必要です。けれども、力と智が備わっていても、心のない人間に誰が付いていきましょうか。ねぇ義姫様?」


何度も輝宗様を父上と、義姫様を母上と呼ぶように教えていた。
だから、知っている。
これは態とだ。


「貴女に、死の縁を彷徨い病を克服した彼を罵倒する資格など有りはしません」

「何を言うか、正真正銘の化け物が!お前が、妾の梵天丸を「そうそう」


何を言おうとしたのか、また栄丸様を傷付けられるおつもりだったのだろうか。
すぐに駆けつけられるように体勢を立て直した時、栄丸様の静かなお声が室に響いた。


「梵天丸の患っていた疱瘡という病は、とても感染力の強い病でしてね?飛沫感染もそうですが、接触感染するんですよ。私は幸い予防できましたが、発症する直前まで傍に居られたんでしたよね?」


ニンマリと意地の悪い顔で笑われた栄丸様とは対照的に義姫様は先程の勢いもどこへやら、顔面蒼白だった。


「大丈夫でしょうか?まぁ私は知りませんが」


栄丸様の言葉が衝撃だったのか、義姫様は慌しく室をお出になられた。
その背を見やって、栄丸様は普段の表情に戻られる。


「潜伏期間を考えれば、今発症してないんで、大丈夫でしょうけどね」


ケロリと呟かれた言葉に、輝宗様が詰めていた息を吐かれた。
あのような方であっても、輝宗様にとっては御正室であられるのだから、心配だったのかもしれない。


「栄」

「あ、申し訳ありません。流石に過ぎた仕返しでしたね」

「いや、それは構わねぇが。まぁいい、梵もこっちに来い」

「はい」


しっかりしたとはいえ、まだ覚束無い足取りで輝宗様に向かわれた梵天丸様を輝宗様が抱き上げられる。
それを栄丸様は微笑ましそうに見ていらした。


「綱元、室に戻りましょう」


邪魔をしないようにか、小声で俺にそう告げた栄丸様についてその室を退出した。
前を歩く小さな背を守り通すと誓い直す。
それは今生の誓い。



心理は掴んだ途端に零れていく
ダーク「アカシックレコード」(c)ARIA
write by 99/2010/12/01
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