32話
俺達は降り立ったエントランスで祈るように何かを抱き締める三井先輩を見つけた。
ギュッと目を瞑るその姿はまるで何も聞きたくないと耳を塞ぐ子供のようにも見える。
「三井先輩?」
声をかけても、俺達の存在に三井先輩は気付かない。
暴れてはないけれど、保健室で暴れていた三井先輩のその姿を思い出した。
ここにはいない“仁王雅治”に助けを求める三井先輩の姿を。
「…ど…して、……さ治くん」
小さな声は聞き取りにくかったけれど、聞こえた言葉は縋るような音をしていた。
「もう、守ってはくれないの?」
そう言った瞬間、三井先輩は泣き崩れた。
ヒラリと薄いピンク色をした紙が一枚エントランスに舞う。
「さくらっ!」
丸井先輩が三井先輩に駆け寄って、その背を撫でて、抱き締める。
俺は大理石に落ちた紙を拾い上げた。
「さくちゃんへ…?」
柳先輩や真田副部長みたいな仰々しい文字じゃなくて、誰かといえば、柳生先輩みたいなスラスラと書かれた綺麗な字が並んでいる。
「約束は守れそうにない。どうか、幸せに…なって……」
最後に書かれた名前を読み上げることはできなかった。
それは三井先輩にとって別れというには軽く、メッセージというには重い、愛しそうに話してくれた三井先輩の最愛の人からの手紙だった。
泣き崩れたまま身体を震わせる三井先輩を丸井先輩の肩越しに見て、俺も泣きそうになった。
「三井先輩、アンタはどれだけの想いを我慢したんスか?」
俺の問いかけに柳先輩が眉を寄せたのがわかった。
きっと、これは三井先輩でも答えられない。
答えを出せる程
簡単な想いじゃなかった
それでも
アンタはいつだったか答えたんだ
ただ愛した分だけ、だと。
知らぬ街に降る雪は
Side:Akaya