24話
三井の口から紡がれた名前に耳を疑った。
氷帝学園の榊先生っつったら、俺達みたいに中学テニスをやってきた奴らには有名過ぎる程の先生だ。
「榊って…」
「確かテニス部の監督だよな?」
中学教師であるのに、高校のテニス部の監督もしている人だ。
選抜とかでも顔を合わせるし、お互い私立校ということもあって氷帝とはそれなりに学校同士の付き合いがある。
「“雅治くん”が居なくなる前に榊先生に連絡していたらしくて」
「で?」
俺は三井を促した。
話の続きが聞きたかったわけじゃない。
早く終わらせてやりたかった。
「立海大の編入試験を受けさせられた。受かったら、好きにしていいって。行きたければ行けばいいし、行きたくないなら前の学校に通いなさいって言われたの」
「つまりは、三井の好きにしろと?」
柳の問いかけに、三井が頷く。
「私は立海大への編入を決めてここにいる」
「つかぬことを聞くけど、生活費とかはどうしてるの?」
多額の現金を残されたんだったら、それを使ってるんだと俺は思っていたから、幸村くんの質問は予想外だった。
「食費とかは近所のコンビニでバイト中。このマンションの維持費と学校の授業料は榊先生の援助を受けてる。流石に高校生の時給じゃ授業料まで払えないし」
「お金には手をつけてないのかよぃ?」
「うん」
苦笑にも似た笑顔で三井が微笑む。
「もうこんな時間。みんな、家に連絡しなくて大丈夫?」
時計をチラリと見て、オーバーとも思えるリアクションで三井がこの場の雰囲気を変え始める。
時計はもう9時前だった。
当たり前だ。
部活が終わる時間は7時半少し前が通常(遅い時はもっと遅ぇ)
「俺は平気」
「俺も」
「真田と柳生はそろそろ帰る?」
「そうさせていただきます」
「うむ」
真田と柳生に幸村君、それから柳は門限がある。
と言っても、真田と柳生は部活と言えばそれなりに遅くなっても構わねぇらしいし、幸村君と柳は普段の態度と言い訳で門限破りなんて簡単にしちまえる。
俺や赤也は門限があっても関係ねぇってタイプだし、親も諦めてるに近ぇ。
ジャッカルは常日頃から俺達に連れ回されてるから大丈夫だろぃ。
仁王は中学まではちゃんと親元にいたんだけど、高校に上がるのと親の転勤が重なって、今は一人暮らしだから、関係ねぇ。
仕事の関係でこっちに残ってる姉ちゃんがたまに様子を見に来るらしいけど、それなりに仲も良いらしくて、外泊してても軽い注意とからかいで終わるっつってた。
「じゃぁ、もう少し俺達は居させてもらおうかな」
「帰るのは柳生君と真田君と桑原君だね。エントランスまで送るよ」
いつの間にか、帰るメンバーが決まってた。
三井が立ち上がると、ハルが三井に倣ってのっそりと起き上がる。
「キッチンとか勝手に入ってもらっても構わないんで」
ふわりとハルを撫でて、玄関に向かった真田達を追うように部屋を出て行った。
辛いなら辛いと言ってほしい
だなんて
俺達の勝手な願い
知らぬ街に降る雪は
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