21話
「あの日は雨だった」
まるで御伽噺を子供に読み聞かせる母親のように、三井は語り始めた。
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物心着いた時には既に父はいなかった。
母親は18歳で自分を産んだのだという。
父方の祖父母は父親同様にしらない。
母方の祖父母は一度だけ会った覚えがある。
それも幼い頃のことであり、記憶は曖昧だ。
ただ、その母方の祖父母が自分を好いていないことだけは確かだった。
『あの男の血が流れていると思うだけで穢らわしい』
そう言ったのは祖母だ。
理解は出来ていなかったが、幼いながらにとても酷いことだとショックだったのは確かだ。
それから、小学生になり、中学入学を控えた春休みだっただろうか。
母が突然会わせたい人がいると言い、高級と呼ばれるであろうレストランに自分を連れて行ったのだ。
母一人子一人という生活の所為か、そんな場所に行ったのはそれがはじめてだった。
そして、そこに彼がいた。
落ち着いた雰囲気の高級レストランに似つかわしくない少し長い銀髪を揺らした“仁王 雅治”が。
『はじめまして、さくらちゃん』
『はじめまして』
『君のお母さんと結婚を前提にお付き合いしています仁王 雅治です』
『いつも、母がお世話になっております。三井 さくらです』
ペコリと頭を下げて挨拶すれば、鋭い印象のある切れ長の金の瞳を細めて優しく微笑まれた。
それから数年、言わば同棲という形で“雅治くん”は私たち母子の住んでいたアパートに住み始めた。
『さくちゃん』
彼は私をそう呼んでいた。
中学に入学して、その頃が一番楽しかった。
母と“雅治くん”と私。
実際、家族ではなかったけれど、“家族ごっこ”は楽しかった。
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「本当に楽しかったの」
そう懐かしみながら、三井は呟いた。
もし
過去を変えられるなら
彼女が苦しまない過去を
与えてはくれないだろうか…?
知らぬ街に降る雪は
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