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匂宮理澄が並盛高校に教育実習生として通うようになった翌日、双子の兄である匂宮出夢は並盛ではなく黒曜とは別の隣町に居た。
隣町は高層ビルが建ち並び、更に億ションと呼ばれるようなマンションも建っている。
その中の一つ、明らかに異質な程に警備が固められたマンションに出夢は入る。
来る前に戯言遣い経由で連絡を入れておいたからか、出入口を封鎖するように立っていた警備員は出夢を止めることなく、すんなりと入ることが出来た。
エレベーターに乗り最上階のボタンを迷わず押す。
デザイナーズマンションでもないのに硝子張りのエレベーターからは街中を一望出来た。
「マジで着いてすぐ玄関ですかー」
呆れたように呟いて、出夢はエレベーターから降りる。
戯言遣いに聞いた通り、玄関の鍵は開いていた。
いや、開いていたというのは間違いだろう。
正確には出夢がドアの取っ手を握った時点でロックは解除されたのだ。
ここに住む住人がどうやって出夢の指紋を手に入れ入力したのかなど出夢は知りたくなかった。
世の中には触れてはいけないことだってある。
「出夢くん、さんじょー」
その声は間違いなくだれていた。
だれていたが、それに突っ込む者は居なかった。
「いらっしゃい、出夢くん」
出夢を迎えたのは部屋の主ではなく戯言遣いで、部屋の主である玖渚友はといえば、パソコン…彼女曰く、ワークステーションに向かっていて、軽く手を挙げていることで出夢を迎えていた。
「千闇に会ったんだろ?」
出夢がその問いを投げかけたのは、友へではなく、友の一歩後ろで控えていた式岸軋騎へだった。
「やっぱり、そうなの?」
「あぁ千闇は式岸軋騎と零崎軋識が同一だと"知らない"」
その言葉に軋騎が固まろうが、出夢はお構いなしに話し続けた。
「俺達は知ってて態と千闇に言わなかった。千闇にとって、式岸軋騎と零崎軋識が同一人物だってことはあっちゃならないことだったから。多分、それをあの頃の千闇が知ったとしたら、千闇はもっと早く崩れてた」
「崩れて?」
「愚神礼賛の目が式岸軋騎と同じ色をしてるから、怖いなんて思わないんだって。その目を恐れたら自分は無関係の式岸軋騎まで恐れることになるから、なんて千闇は馬鹿なこと言ってた」
話す出夢の手は拳を作り、震えていた。
ここに居ない匂宮千闇だった虚戯千闇を思って、震えていた。
言葉を向けられた軋騎もまた拳を作っていた。
それは、己への怒りを鎮める為だった。
思い返す事で今更ながらに気付く小さな事柄に、戯言遣いも友も静かにその目を閉じた。