14
暴君からの指令で俺は並盛高校の前にいた。
放課後になって暫く経つが、未だ目当てである匂宮妹は出てこない。
当たり前といえば、当たり前か。
放課後になった所で、匂宮妹は生徒ではなく教育実習生としてこの高校に潜入しているのだから、すぐに帰れる訳がない。
そうは解っていたが、俺は通りを挟んで向かい側に停めた車に背を預け、帰宅していく生徒に視線をやった。
姿を見ないと言えば、あの少女、虚戯千闇の姿もまだ見ていない。


「匂宮妹が居るから危険はない」


まるで自分に言い聞かせる様な気分だった。
そうでもしないと、走り出しそうなこの身体を抑え込めない。
らしくないのは、自覚済みだ。


「式岸さん?」


考えに浸っていると、聞き覚えのある声音に声をかけられた。
歳の割に落ち着いて優しい声音は、疾うに失った筈のそれで、だからこそ、それが誰のものかを俺はよく理解していたと言っていい。
理解していた。
"俺"に向けられることはない。と、そう思っていたのに、何故、虚戯千闇は"俺"をそんなに優しい声で呼べるんだ?


「千闇」


声が掠れた。
知らずに声が低くなる。
どうすれば正解なのか、全く想像出来なかった。
処理能力が追い付かない。


「はい。今は虚戯ですが、間違いなく匂宮千闇です」


にこやかに話す千闇に俺は嫌な予感を感じていた。
信じていたものが崩壊するような、そんな絶望にも似た予感。


「式岸さんは相変わらず友ちゃんの所に?」


ぐらりと、確かに崩壊の音を聞いた。
格好の問題なんかじゃない。
スーツのこの格好をしていても、俺を零崎軋識として扱う奴はいる。
それでも、ここまで徹底した扱いは受けたことがない。
そう、まるで、"知らない"ような。


「式岸さん?」


凍り付く。
自分の行き着いた答えに、俺は戦慄いた。


「悪い、千闇。用があってな、少し急いでるんだ」

「引き止めてすみません。では、お仕事頑張ってくださいね。式岸さん」

「あぁ」


それだけの会話を交わして、逃げるように車に乗り込んだ。
いや、逃げたんだ。
都合の良い夢に等しい現実から。
手はジャケットのポケットから携帯を探し当て、俺は暴君にメールを打つ。
今の、この俺が体験したことを有りのまま。
そして、俺の推測を交えて。


「冗談きちぃぞ」


送信完了を確認して、ハンドルにうなだれる。
目を瞑れば、真っ直ぐに見返す千闇の藍色が焼き付いたままだった。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -