8 最後の場所



幸村と仁王が向かい合っている頃、己緒は青学の屋上に居た。
そこは現在立ち入り禁止となっている場所であり、柄塚ゆめが飛んだ場所だった。


「ここで会えるかしらね?ゆめ」


空に向かって、己緒は呟きを落とす。
大きくも小さくもないその声は空気に吸い込まれ、溶けるように消えた。
昼休みに人の目を盗み屋上へと上がった己緒であったが、その後誰一人としてここに現れることはなかった。


「今日は来ないのかしら?」


ゆめが青学から消えた日から欠かさずにこの屋上に通っている人物がいることを己緒は調査済みである。
しかしながら、その人物は今日に限って顔を出さない。
昼休みが始まってから幾分か経っているのに来る気配を感じられず、己緒は教室に帰ることも考え始めていた。
今朝の不二と菊丸の訪問から、予想以上に己緒の周りは己緒に対して過保護になり、動きが取り難くなっている。
確かに今の状況は不利にはならない。
柄塚ゆめを彷彿とさせる柄塚己緒というキャラクターとしては大成功だといっていい。
過保護であることは、己緒のアリバイを証言してくれると同意であるのだ。
一緒に居るということは、一人にならない。
己緒が何もしていないという事実を確定してくれる。
それは願ってもないことだったのだが、己緒がこうして動かなければならない時には少しばかり枷になる。
それでも、デメリットはそれだけで、己緒にとってはメリットの方が大きいので、改善する気など毛頭ない。


キィーッ


軋んだ音を立て、屋上の扉が開いた。
そこに立っていた人物を見て、己緒は俯きがちに隠した口元に笑みを浮かべた。


「誰だ…?」

「……わ、たしは…」


訝しげに己緒の方を見てくる手塚に柄塚己緒のキャラで、ビクビクと答えて見せる。
怯えるような仕草で手塚から後ずさった。


「すまない。怯えないでくれ」

「…は、い………」


一定の距離を保ち、手塚が屋上のコンクリートに腰を下ろした。
突き刺さる程ではないが、手塚の視線は確実に己緒の方に向いていた。


「お前はどうしてここにいるんだ?」

「…そ、れ……は」

「言いたくないのならば、言わなくてもいい。ただ、ここがどういう場所なのか知っていて、来たのか?」


己緒に視線を向けたまま、問いかける手塚に、己緒は疲れた印象を持つ。
どこか疲れきったような、空虚ささえ感じる。
己緒は一つ溜息を落とし、真っ直ぐと手塚を見上げた。


「知ってるわ。柄塚ゆめが飛び降りさせられた場所、よね?」


眼鏡を外し、柄塚己緒の仮面を剥がした己緒は、本来の色ではないブラウンの目で、手塚に向き合った。
対する手塚は、驚愕の表情をありありと浮かべ、#己緒#を呆然と見返していた。





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