6 二人の道化師
2年8組を出た不二は楽しそうに笑んでいた。
一緒にいた佐倉はその笑みが自分に向けられたものだと、機嫌が良かったが、もう一人一緒にいた菊丸は不審げな視線を不二に向けていた。
対称的な二つの視線を受けながらも、不二の歩みは止まる事無く、自分の教室に向かっていた。
「あ、周助せんぱぁい、英二せんぱぁい、愛美はぁここで失礼しまぁす」
「あぁまた部活でね」
「愛美、まったね〜」
佐倉が分かれると、菊丸は不二に真っ直ぐと視線を向けた。
不二はその視線に一つ頷くと、二人は教室とは違う方向に歩き始めた。
「不二、あの子…」
廊下に誰も居ないことを確認してから二人は空き教室に足を踏み入れた。
中に入って、扉から一番遠い位置まで来ると、菊丸が口を開いた。
物置と化している教室内にあったソファに腰掛けた不二は優雅に足を組み先程までと同じように実に楽しげに笑んでみせた。
「ゆめが言っていた通りになってきたね」
「あの子が阿佐ヶ谷己緒なのかな?」
「このタイミングでの転校生、乾じゃないけど、99パーセント
の確率で本人だと思うな」
クスリと笑った不二に対し、菊丸は終始不安げな表情を浮かべていた。
柳や乾の調べで敵とされていた二人が発するにしては、あっさりと出た柄塚ゆめの名前に突っ込む者はこの場には居なかった。
「やっと、裁きが下る」
「ゆめちゃんが望んでいたのはこんなことじゃないけどね」
柄塚ゆめを想う菊丸の顔は、悲しげに歪んでいた。
不二は菊丸のその顔を一瞥し、ポケットに入れていた携帯電話を取り出す。
「そろそろいいかな?」
笑みを口元に携えたまま、不二は自分の携帯電話を操作し、ある人物のアドレスを表示させた。
自分から滅多なことがない限り、連絡を取ることなどしない人物のアドレスに、不二は少しながらメール作成画面に移る為の操作を躊躇う。
「不二」
「このメールを彼が早く読んでくれるといいんだけどね」
カチカチと操作し、用件だけを入れたメールを完成させた不二は両手で一度携帯電話を祈るように包んでから、送信ボタンを押した。
送信完了の文字が表示された瞬間、少しだけ息を吐き出した。