5 悪魔とのすれ違い
不二は笑みを絶やさず、盾のように立ち塞がった雪とあき越しに己緒を見ていた。
その笑顔は優しいモノの筈であるのに、一部の者に恐怖さえ与えていた。
「ね?柄塚さん、マネージャーをお願いできないかな?」
優しげな表情とは裏腹に、異見は許されないような声音だった。
「周助せんぱぁ〜い」
張り詰めた空気を引き裂いたのは、気持ち悪くなるほどに甘ったるい声だった。
一人の少女が己緒達と対峙する不二に走り寄った。
クラスメイト達の顔はどこか引き攣っている。
「愛美」
愛美と呼ばれたこの少女こそ、己緒が敵と定めた佐倉 愛美だ。
俯いてはいたものの、己緒は佐倉が近付いた瞬間に香った香水の匂いに眉根を寄せる。
「どうしたんですかぁ?」
「マネージャーの勧誘に来たんだ」
「マネージャー…?」
佐倉の声が少し硬くなる。
誰を勧誘しているのかを確認しようとしたのか、己緒達の方に視線を向けるが、己緒の前に立ちはだかるあき達に睨まれ、瞬時に不二に抱きついた。
「今、愛美にらまれたぁ」
佐倉の声は震えていたが、己緒達から見えるその表情は笑みを象っていた。
それに息を呑んだのは、後ろで見守っていた桃城を除くクラスの男子達だ。
女子達は呆れたように溜息を零した。
己緒もそれに紛れるように息を吐き出す。
「英二、愛美、行こうか」
「え?」
驚いたような声音を発しながらも、菊丸は佐倉を連れて出て行こうとする。
その顔はどこか嬉しげだ。
「柄塚さん、また来るよ。返事はその時に」
ニコリと笑って、不二は2年8組を後にする。
己緒はその背中を見ながら、口元を緩めていた。
それは、近付く幕開けを楽しむように。