3 震える手と少女の訴え



「なぁ山本!柄塚さん、うちのマネにくれねぇか?」


その声を上げたのは桃城だ。


「桃城、却下だ」

「そうだよ、桃ちゃん!絶対に反対だから」


桃城にくってかかる雪とあきにクラスの女子は賛同するように頷く。
何もわからずに困惑する表情を浮かべて、己緒は内心笑っていた。
己緒にとって願ってもないチャンスだった。
しかし、柄塚己緒という少女は自ら男子テニス部に近寄るような人間ではない。


「愛美ちゃんが一人で大変なんだよ」


“愛美”という名に雪の雰囲気が一変する。
それは雪だけでなく、クラス全体がどこか棘々しく、悲しげだった。


「あの女が何しっ!!」


怒鳴った雪の言葉が止まる。
桃城に向けられていた雪の鋭く射抜くような視線が困惑の色に染まり、ゆっくりと自分の左腕に移動した。


「己緒…?」


桃城達のやりとりに注目していたクラスメイトや野次馬の視線が、雪の視線と同じように移動した。
ギュッと雪の左の袖を握り、物言いたげな表情でジッと雪を見上げる己緒がそこにいた。
袖を握る手は、震えている。


「ダメ、です。人を、人、を、傷、つけるの、は、言葉も、同じ、です」


静かな教室に、小さな己緒の声が響いた。
全員が己緒を見ていた。
いつも大人しい少女の精一杯の訴え。


「ごめん、己緒」


ふわりと己緒の頭を撫でて、雪が少し気まずそうに笑った。
と、同時に教室と廊下を繋ぐ扉から拍手が響いた。






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