1 2年8組



チャイムが鳴ってもいつものように席に着く生徒は少ない。
普段から落ち着きのなさが目立つここ2年8組に至ってはいつも以上の落ち着きのなさである。
各教室がざわついているが、今日来るという転校生が8組だという噂が流れている所為か、8組は特別騒がしい。
それを証拠に職員室でネタを仕入れてきた桃城が中心で騒いでいた。


「なんだ?今日は一段と騒がしいな」


不思議そうに入ってきた担任にクラス全体が注目する。
しかしながら、生徒達が期待した姿はなく、溜息やブーイングがちらほらと聞こえている。
その生徒達の反応に担任は苦笑し、いつもならすぐさま取り始める出欠の為の出席簿を教卓に置いた。


「転校生を呼ぶぞ」


出欠を後回しにして、担任が笑う。
着席した生徒達から歓声が上がり、クラスのムードメーカーである桃城がそれを煽った。


「柄塚」


その名字を担任が口にすると、さっきの騒々しさが嘘のように静まり返った。
タブーと言ってもいい名前に全員が顔を見合わせる。
ガラリと教室の扉を開けて入ってきたのは、クラスの誰もが思い描いた姿ではなく、どこか弱々しい少女だった。
教壇に少女が立つ。
暗い茶髪を首もとで二つに結った少女は、某先輩のように逆光ではないが、流行りの細型ではなく、少しレンズ部分の大きな眼鏡をかけ、真新しい制服を着ていた。


「柄塚、己緒です。先日、日本、へ、帰国、した、ばかりです。よ、ろしく、です」


不必要に区切られた喋り方は、彼女が言葉にした帰国という言葉により、日本語に不慣れだと印象付けた。
普通であれば、聞く者を苛立たせるだろう喋り方も、日本語に不慣れな少女がするだけで、たどたとしくも微笑ましい姿へと変わる。
その姿は教室に入ってきた弱々しい印象も相成って、見る者に守ってあげなければという庇護欲をかきたたせた。
クラスメイト達の視線がどこか同情的に己緒に集まったのを感じた己緒は、俯かせていた顔を上げて、少し儚げに微笑んでみせた。
その悲しげに作られた笑顔が彼らを上手く動かす為であるのには、誰一人として気付きはしなかった。





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