9 暖かな場所
「理緒!」
一年生が朝練の準備を進めているコートに芥川の声が響く。
どこか嬉しげなそれは部員だけでなく、その場にいた全員の注目を集めた。
「芥川先輩」
普段の優しい少年の顔をした理緒が、自分を呼ぶ芥川の声に目を細め微笑みを浮かべた。
コートではなく、コートを見下ろす観客席に立っていた理緒は制服であり、着替えていないことで、部活をしに来た訳ではなかったが、それをわかっていても芥川は理緒の登場に嬉しげに笑っている。
芥川が観客席に来ると部活もせずに寝てしまうだろう事を見越してか、理緒は観客席から回り、コートに降りる。
いつも履いているローファーではなく、今日はスニーカーだったのは、これを見越した上での判断だ。
「おはようございます」
「寂しいかったC」
「それは、すみませんでした」
謝罪する理緒に芥川が抱きつき、芥川の声でコートに点在していた面々も理緒の周りに集まりはじめる。
その様子に苦笑を浮かべた宍戸も、理緒の頭を乱雑に撫で、理緒の登校を喜んでいた。
「心配させんでや」
「まぁ登校しきたんだからいいじゃねぇか」
「そうですね」
口々に紡がれる理緒を想った言葉に、理緒は口元を緩ませ、再び微笑んだ。
理緒は彼らに相手にしてもらっている時ほど、心配されて嬉しい時はない。
義姉である己緒に心配をかけるのは、好きではない。
勿論、あまり会う事はない義母も同様だ。
しかし、彼ら、氷帝男子テニス部の面々に心配されると、本当に大事にされているんだとわかるのだ。
普段は弱肉強食を絵に描いたような部活に身を置いている彼らだが、彼らの本来の姿はとても世話好きな人たちであると、理緒は思っている。
思っていると言うより、実際そうなのだ。
忍足など一番いい例であったりする。
試合では非情なまでの展開を繰り広げる彼は日常生活では完全に保護者の立場となる。
主に、向日の、と付くが、稀に芥川の、であったり、様々ではあるが。
「理緒ちゃん、どないしたん?」
ジッと見上げられていたのを不思議に思ったのか、忍足が首を傾げる。
理緒は忍足に向け、何でもないと笑みを浮かべた。