2 非常
氷帝レギュラーがそんな話をしている頃、話題となっていた跡部と理緒は別々に行動していた。
「景吾さんも義姉さんにはかなわないんだよなぁ…」
ポツリと零した理緒の声は誰にも拾われることはなかった。
というもの、ざわついている待合室を横切っている最中に呟いた所為だ。
理緒は神奈川県の病院にいた。
「ここだよな」
普段、氷帝にいる時には絶対に使わない言葉遣いで理緒の独り言は紡がれる。
ある個室の病室の前で止まった理緒は個室を使用している人物の名前を確認し、ノック音を響かせた。
「どうぞ」
入室の許可に対し、理緒はどこか残念そうに溜息を零した。
勢いよく扉を開けた先、穏やかな表情を浮かべた幸村がそこにいた。
「君は…」
「お久しぶりと言っておきます。阿佐ヶ谷理緒です」
「己緒の義弟君ね」
フフと笑う幸村に理緒は微かに眉間に皺を寄せた。
理緒の心境としては幸村が義姉と仲が良いとは思いたくないらしい。
「義姉より伝言を預かってきました」
「なにかな?」
「柄塚ゆめの葬儀を行うことになりました。つきましては、立海の方々へのご伝達をお願いいたします」
「彼女、亡くなったの?」
微かにだが、幸村の表情が変わった。
「行うことになりましたと言ったと思いますが?」
理緒の答えに、幸村が僅かに笑みを浮かべる。
彼、幸村は頭の回転の速いほうだ。
「つまり、己緒の判断か。己緒のシナリオに俺は必要なんだね?」
どこか自信に満ちた問いかけに理緒は少し気分を良くしていた。
跡部の傍にいる所為か、自信を持つ人間は嫌いではない。
過剰な自信を持つ、身の程を弁えない人種は嫌いであるが、幸村が自身の範囲内での役割をわかっているのだと、理緒には感じ取れていた。
「必要だからこそ、“俺”がここに寄越されたんです」
いつもと違う一人称を使った理緒は口元に笑みを浮かべていた。