10 柳からの報告
コンコンッ
ノック音に読んでいた本から幸村は顔を上げる。
ドアの向こうにいるだろう部活仲間に入室を促すと、ガラリとドアを開けて、柳が入ってきた。
「精市、なんなんだ。あれは」
「調べてくれたみたいだね」
柳眉を寄せ、しかめ面をする柳に、幸村が浮かべたのは笑みだった。
「青学の内情なんて探ってどうするつもりなんだ?」
「青学自体に興味はないよ。ただね、柄塚ゆめに興味はある」
柄塚ゆめ。
その名前だけで、病室の温度が少し下がる。
柳は僅かにその目を開け、幸村を静かに観察する。
「それで?柄塚ゆめと青学テニス部の関係はわかった?」
「あぁ」
頷いた柳は近くにあったパイプ椅子に腰掛ける。
「確かに柄塚ゆめという少女は男子テニス部のマネージャーで間違いなかった。特に目立つ存在ではない。男女そこそこに友達もいたようだ。だが」
「だが?」
そこで区切った柳の顔は普段のポーカーフェイスを保ってはいるものの、どこか感情的な部分が読み取れる。
「男子テニス部、特にレギュラーとの仲は良くなかったらしい」
「どうして?」
「もう一人のマネージャーを虐めているという理由で、レギュラー達が柄塚ゆめを虐めているという噂も聞いた」
「虐めをするような子じゃないよね、その子」
「あぁ。レギュラー以外はもう一人のマネージャーの方が怪しいと睨んでいたようだな。それから」
一旦区切った柳は真っ直ぐと幸村を見据えている。
「それから?」
「柄塚ゆめは、数日前から学校に出ていない」
「登校拒否かい?」
「いや…」
いつもハッキリと口に出す柳が少し渋りを見せるのは、非常に珍しいことだった。
それに、幸村の目が少しばかり細くなる。
「一部では自殺したという噂が流れているようだ。最も、これは噂の域を出ていない。しかしながら、彼女の行方はわかっていないのは確かなようだ」
一応の報告を終えた柳は溜息を一つ落とした。
柳の話を聞いた幸村は難しい顔をしている。
「柳、青学のレギュラー全員がもう一人のマネージャーの味方だったの?」
「いや、越前と貞治は違ったらしいな。というもの、調べた情報のほとんどが貞治からもたらされた情報なんだ」
「つまり、乾は真実を知っていたんだね」
「そういうことになるな。ただ、貞治が引っかかることを言っていたんだ」
「引っかかること?」
「手塚と大石、河村、海堂は中立だったそうだ」
「中立ね」
フフッと笑った幸村に、僅かながら柳の肩が揺れる。
「どうやら、青学も随分と地に落ちたようだね」
冗談めかした台詞とは裏腹に、幸村の目は笑ってなどいない。
「ありがとう」
「役に立てたならいい。今度は赤也たちと共に来よう」
そう言って柳は席を立つ。
「そろそろ俺も覚悟を決めなきゃね」
柳がドアを閉める瞬間、呟かれた幸村の言葉は柳には聞こえなかった。