彼女が愛用している仕事用のナイフを首に宛がった。

勿論、殺す目的で。

邪魔だった。

目障りだった。

父さんも母さんも、家族は皆死んでしまって、俺はこんなにも苦労して、頑張って生きてきたのに、この女がのうのうと生きている事が、腹立たしかった。



「命乞いしないの?」



普通するでしょ?

こういう時ってさ。

なのに、目の前にいる彼女は命乞いどころか、抵抗すらしないし、する様子を見せない。



「しても意味ないでしょう?」



逆に聞き返される始末。

そういう女だったな。

何をするにも、現実主義。

自分が殺してきた人が、命乞いなどして助かった事なんか一度もないとわかっているから、乞わないの?



「あ…」



彼女が不意に呟いたのは言葉ではなく、音だった。

それに、目を細めれば、いつもだったら有り得ないくらいに穏やかに、微笑まれる。



「ねぇ…ナイフなんかよりね、コレがいいわ」



ナイフを持っている手とは反対の、首を支えていた手に、自分の手を重ねて、ギュッと力を込める。



「そのまま、絞めて」



俺はそのまま手に力込めて、彼女から目をそらした。

君が教えてくれたんだ。

人を殺す時は、相手の目を見たてはいけないって。

目は口ほどにモノを言う。

喋れなくなっても、目だけは家族や遺される人達を思っての悲しみや、殺す奴への恨みとか訴えてくるから、見たら、殺れなくなるからと。

キュッと力を入れたら、次第に力が抜けていく女の身体。

苦しさから反らされる首に紅い痕を見つけて、チクリと胸に痛みを覚える。



グラリ。



女の身体から、全ての力が抜けた。



ポタリ。



その瞬間、俺の頬から涙が零れた。





君は、いつから、気付いていたんだろうか。

俺が、ユダであることに…━━━。

仇である君を殺せて心は晴れたハズなのに、ズキズキと心が痛い…。





魔王は誘う
ファンタジー「クラシック」(c)ARIA
write by 99/2011/01/05
⇒To be continued.







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