どうしようどうしよう。
頭の中を駆け巡るのはただそれだけで、私は実験室の前の廊下を右往左往している。
そんなことをしていたって、誰一人として助けてくれるわけではないのだけれど。
実験室を抜けて更に奥にある準備室に居る人を考えるだけで、素直に目の前の扉を開けることが出来なかった。
それもそのはず、私はあの日(詳しくは短編「掠めた唇の知る先は」参照)から、ずっと長曾我部先生を避け続けているのだから。
出来ることなら、このまま会わずして帰りたい。
授業だけで心臓が口からこんにちはしそうになるのに、直接、しかも二人きりなんて自殺行為に等しい。
でも、担任経由でも呼び出しだったから、来ない訳にはいかなかった。
担任の片倉先生が優等生のお前が珍しいなって言ってたし。
表面上優等生だから、片倉先生に逆らうなんて出来ない。
扉の前に立って、どれくらいの時間が過ぎただろう。
部活が顧問の都合で休みでよかった。
伊達先生、ありがとう!
そう心の中で感謝を叫んだ瞬間、バコッと後ろから何かで頭を叩かれて、後ろを振り向いた。
濃紺のスーツが視界を覆った。
「何してるんですか?伊達先生」
「そろそろ餓鬼が巣立ちの季節かと思うと、な」
「卒業はまだですけど。それに私、2年生」
体格の差が顕著に現れている状態で、伊達先生の腕の中でもがくけれど、放す気皆無の伊達先生の腕から逃げられそうにない。
こういうスキンシップは私を含める剣道部生には慣れたものだ。
「お前、マジで言ってんのか?」
「はい?」
「こりゃ苦労すんな、元親のヤツ」
なんで此処で長曾我部先生?
きょとんとして、伊達先生を見上げれば、ニヤニヤと嫌な笑い方をしていた。
うん、何も聞きたくない。
というか、さっきの私の感謝を返して欲しい。
「で?何してたんだ?こんなとこで」
「だ…」
「だ?」
「伊達先生のバカー!」
叫んだ私は悪くない。
せっかく、忘れていたというのに。
けれど、咄嗟に叫んだ内容が悪かった。
恐る恐る伊達先生を見上げたら、とても素敵な笑顔をしていらっしゃいました、まる。
「誤魔化せると思うなよ?Kitty」
「伊達先生が言うと冗談に聞こえないよ」
「Jokeじゃねぇからな」
そう伊達先生が言った瞬間に、視界が揺れて、見えたのは濃紺と廊下の灰色。
ちょ、女子高生を俵担ぎにする教師って。
パッと見、細っこい伊達先生が力持ちだということに驚くべきなのか。
でも、私より筋肉質な真田の首根っこをひっ捕まえてポイって出来るくらいだし。
脂肪より筋肉の方が物質的に重いからなぁ。
「現実逃避するにゃぁ早過ぎだろ」
「先生、なんでその扉に手をかけてるんですか?」
答えなんて、明白ですよね。
もう、泣きそう。
ガラリと音を立てて私を担いだままの伊達先生は私が開けられなかった扉をいとも簡単に開いた。
「元親ぁー!」
長曾我部先生の名前を叫んだかと思ったら、準備室の扉が勢い良く開いた。
風に翻ったのは、白衣の白。
「届けもんだ」
担ぎ上げられた私を見て呆然としている長曾我部先生に、私を文字通り受け渡した伊達先生は口角を上げたあの意地悪い笑顔で笑って去っていった。
何をしてくれてるんだ、あのルー語教師。
というか、気付きたくなかったんだけど、私、長曾我部先生にお姫様抱っこされてる。
「あの、」
「あ?」
「おろして…ください」
あれ?私こんなキャラじゃないのに。
前はどうやって話してた?
長曾我部先生のこと、なんて呼んでたっけ?
頭の中はグルグルしてて、もうどうしていいのかわからない。
こうしてる間も、長曾我部先生は下ろしてくれる気配もなく、ただ沈黙が降りる。
「ガッチガチ」
「へ?」
長曾我部先生に何を言われたのか、理解出来なかった。
むしろ、聞いてなかったとも言う。
間抜けな声を上げた次の瞬間、私は更に間抜けな声を上げそうになった。
「隙があり過ぎんのも問題だな」
抱き締められてるとわかった時には、顔に熱が集まるのを感じた。
「なぁ、覚悟出来たか?」
「え?」
「好きだ、名前のことが。俺が教師だとか、お前が生徒だとか関係なく手ぇ出しちまうくらい、好きで、惚れてる」
抱き締められているから顔は見えないけど、押し付けられた胸板の下にある心臓は私と同じくらい早く動いていて、それがなんだかおかしかった。
その音に安心して、少し余裕が出来た。
今のうちとばかりに、長曾我部先生の白衣を握った。
「先生、私も、チカちゃん先生が好き」
唇が紡ぐは愛の言の葉(今度は掠めるだけじゃなく、重なった)write by 99/2011/02/01
まずはリクエストしてくださいました、琥珀サマ、ありがとうございます。
短編元親夢「掠めた唇の知る先は」の二人と政宗先生の絡みというリクの筈だったのですが、政宗先生がヒロインに絡んでるという。
とりあえず、元親先生の所為でキャラ崩壊を起こしてるヒロイン。
何故か政宗先生に俵担ぎをさせたかったので、あんなことに。
多分、この二人は政宗先生の玩具となるのでしょうね。