訪れた理解と諦め |
目覚めることなどないと思っていたのに、暗闇と言うには明るく薄暗いと表現するのが適当な少し圧迫されるように狭い空間から光に向かって押し出されたと思えば、つんざくような赤ん坊の泣き声が聞こえて、思わず驚いて息を止めた。 今思えば、これは失敗だった。 でも、仕方なかった。 まさか、その泣き声を上げている赤ん坊が私自身だとは思ってもみなかったのだから。 私を産んだのだろう母親が私に話し掛けられるのは、日本語ではなかったけれど、何故か頭の中でその言葉達はしっかりと翻訳され、私は理解することが出来ていた。 理解出来たおかげで、私は少し状況を理解出来た。 母一人娘一人での生活は大変なようだったけれど、私達が住んでいるそこはイタリアの田舎と呼ぶに相応しい場所だったらしく、ご近所の方々が何かにつけて助けてくれたので、それなりに生活に困ることはなかった。 状況を確認しつつも、普通の子供らしく振る舞う。 そうして月日が過ぎ、私は8歳になっていた。 「今日はね、お客さんが来るのよ」 「お客さん?」 「えぇ!」 ワクワクと、そんな言葉が似合う可愛らしい母は、ポトフを煮込んでいる鍋を覗き込んで、更に笑う。 8歳の娘がいるようには見えないくらいに、彼女は若く愛らしい。 きっと、私が居なければ、モテモテなんだろう。 いや、私が居ても、私を懐柔して母を落とそうとしていた人もいたから、かわりないのかもしれない。 普通の子供ならまだしも、私は生憎普通ではないから、懐柔などされてあげる義理はないし、私を無条件に愛し愛で可愛がってくれる母を渡すつもりなど毛頭ない。 カンッカンッ 木製のドアに付けてあるノッカーが来客を知らせる。 火の傍にいる母を一瞥して、座っていた椅子から文字通り飛び降りた私はドアに走り寄った。 かけていた鍵を外して、ドアを開けると、私の目線の高さには黒いスラックスを纏った細い足があった。 その脚を辿るように目線を上げていく。 行き着いたのは、私より年上だろう少年のブラックオニキスを嵌めたような黒の眼だった。 黒を纏った黒の眼の少年が私の身長に合わせるように膝を折って屈む。 「Chao.お前がバイパーか?」 「Chao!私がバイパーだよ、お兄ちゃん」 挨拶を返して子供の元気良さを意識してそう言えば、少年はその怖いくらいに整った人形のような顔を崩し、優しげに笑って、私の頭を撫でてくれた。 「俺はリボーンだ。お前の母親には世話になってて、学校が休みになったからこっちに帰ってきたんだ。話は沢山聞いてたからな。会いたかったぞ、バイパー」 ちょっと待て。 会いたかったと頭を撫でて、嬉しそうに笑うこの少年の名前を頭の中で反芻する。 リボーン。 誰だよ、そんな漫画の名前付けちゃった親御さんは。 イタリア人のオタクは自重を知らないの?ねぇ! いや、でも、たまたまってこともあるわけだし。 ・・・・。 あるわけないじゃん、そんな偶然。 リボーンなんて、どう考えても名前として可笑しいじゃないか。 リ、ボーン、だよ。 Re bornだよ。 生まれ直すとか復活とか、そういう意味だよ。 混乱して口調も可笑しくなるっつーの。 「バイパー」 混乱して訳がわからなくなってる私をどう思ったのか知らないが、リボーンは私を軽々と抱き上げていまだ火にかけた鍋から離れないマイペースな母に近付いていく。 いくら私が標準より小さいからって、そんな軽々持ち上げられるとなんか凹む。 リボーンが標準より背が高い所為かもしれない。 見上げた脚は長かった。 それに、抱き上げられたことで近くなった顔は恐ろしいほどに小さい。 何処のモデルだよ、この子。 「よぉママンになったってのに、マイペース差は相変わらずか」 「いらっしゃい、リボーン。あらあら、バイパーを気に入ったの?」 「俺は女と子供に優しいだけだ」 「じゃあ女で子供なバイパーを気に入ったのね」 ふふふと笑う母は見たことがなかった。 バイパーって私の名前を連呼されて気付いた。 リボーンという名前の人物が出てくる漫画に、バイパーという登場人物がいた。 あれは私の部屋の本棚に並んだ漫画だ。 ダメダメな少年がマフィアの血統で次期ボス候補になってしまうお話。 運動すら制限され、学校に行くことがほとんどなく、学校生活やクラスメイトに憧れていた私には眩しい漫画。 それに出て来たリボーンはアルコバレーノという呪われた赤ん坊で、見た目は一歳児なのにプロのヒットマンで、正しく某探偵の身体は子供、頭脳は大人な主人公の家庭教師。 彼は、黒のスーツで黒の帽子に黒髪で眼も確かに黒だった。 そして、私の記憶が正しければ、後々リング編と呼ばれるステージに出てくる敵方であるウ゛ァリアーに所属する藍のおしゃぶりを持つアルコバレーノの名前がバイパーだ。 ウ゛ァリアーではマーモンと名乗っていたけれど、同じアルコバレーノのコロネロとリボーンがマーモンをバイパーと呼んでいた。 あぁ混乱がピークに達してきた。 意識が遠退く。 「あ?おねむか?」 美少年がおねむって。 それを最後に意識が落ちた。 迎えたのは 世界の理 だった |