一
目の前で文月が消えてから季節は過ぎ、冬を迎えようとしていた。
あの日から目に見えて俺は変じゃったらしい。
真田は遅刻しても何か言いたげにするだけで鉄拳制裁をすることがなかったし、柳生がやけに優しかった。
柳生はなんだかんだ言うて俺には結構酷い男じゃ。
「仁王ー」
呼ばれた声にそちらを向けば、どっさりと菓子を抱えた丸井が立っとった。
ニィッと口端を上げて笑い、
「隣座るぜぃ」
と、ドカリと腰を下ろす。
バサバサと抱えていた菓子をその場に広げ、その中の一つを開封した。
なんつぅか、全部甘そうな菓子ばっかなんが、丸井らしか。
「なぁお前、赤也のクラスの女振ったって?」
赤也のクラスの女…?
あぁ昨日の子か。
「喋ったこともない奴とは付き合えんじゃろ」
「ふーん」
自分で振った話題やのに、丸井は随分と面白くなさげな表情をする。
「お前さー…」
「なんじゃ?」
「ぶっちゃけ、文月が好きなんじゃねぇの?」
傍に置いとった缶コーヒーを取ろうとして思わず転かした。
黒褐色の液体がコポコポと溢れ、水たまりができた。
「何を言うか思たら…」
「多分、未来の俺はお前に文月をやるなんて絶対に嫌がるだろうな」
「ブンちゃん話を進めすぎじゃ」
「でもよー」
丸井は俺の話を聞きもせず、話を進める。
「お前ならいいって思うぜぃ、俺は」
丸井がそう言うた瞬間、俺は固まった。
「命張って自分の娘助けてくれる奴なんて、サイコーじゃねぇ?」
笑っている丸井が、未来の丸井もきっとこうなんだろうと思った。
サイコーねぇ。
「詐欺師相手にえぇんか?ブンちゃん」
「ブンちゃん言うな!気持ち悪ぃ。ま、」
区切った丸井はポッキーをくわえて、空を見上げた。
俺も空に視線を向ける。
飛行機雲が青い空に白のラインを一本引いていた。
「仁王ならいいんじゃねぇ?ダチだろぃ」
臭い台詞に思わず苦笑いしたが、少しだけ心が温かく感じた。
文月のいた戻らない日々。
それは、甘く淡い夏の記憶。
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