「俺達にはたった2日間だけの臨時マネージャーがいた。たった2日間だけのな」

「2日間?居ったかのぅマネージャーなんて」

「あぁ居たんだ。しかし、俺達はその存在をなかったことにした。理由はお前だ、仁王」

「俺がなんじゃ?」

「お前が塞ぎ込んだからだ。だから、俺達はなかったことにした。彼女の存在を」

「俺が塞ぎ込んだ…」


柳の話はまったく覚えのない話だった。

塞ぎ込んだなんぞ、学生時代の俺からは想像もつかん。

ま、幸村が入院した時はさすがに少しばかり荒れたりしたがのぅ。


「俺も最近まで忘れていた。ついこの間、過去の部誌を整理する機会があってな。そして、思い出したんだ。ちょうど14年前の今日の話だ」


14年前、中学3年の夏。

全国には早い。

地区大くらいかの?

毎日練習しとった覚えしかないが…。


『大丈夫じゃ、お前さんは死んだりせん。未来の俺が救った命じゃ、死んだりしたら許さん』


あ…れは………。

14年前か?

確か、女がいた。

コートで確かに俺は…。


「あれは…」

「思い出したか?自分でもよく忘れられたものだと思うな。あれだけ強烈なインパクトのある思い出の筈なのに、きっと今では誰一人覚えてはなかった。丸井やお前でさえな」

「文月と…俺らは出会っとったんじゃな」

「あぁ」


柳の口元が懐かしむように弧を描いた。


「俺の予測ではもうそろそろ文月は目覚めるだろう。あの日、文月が消えたのは確か3時頃だったからな」

「よぅ覚えとるの」

「部誌に細工があってな。そのことを書いた紙が隠されていた。あの字は恐らく赤也だろうな。きっと耐えきれずに隠したんだろう」


幸村との関係を壊さないように、という赤也の精一杯の配慮が窺える。

あの頃の俺らは幸村がホンマにそんなことを言うなんて思いたくなくて、じゃが、幸村しか言うようなヤツは居らんという矛盾を抱えてた。

今なら、わかる。

幸村が文月にあんなことを言ってしまった理由が。

幸村は丸井の嫁さんだった文月の母親を許してないからじゃ。

アイツは学生ん頃の俺らんファンて言うとったヤツと変わりのうて。

それでも、丸井は彼女を責めんかった。

見分けられんかった自分が悪いて言うた。

文月を産んでくれただけで充分じゃと。

最初、俺らも文月を認めんかったが、近くで丸井と文月を見とると、認めざるを得んかった。

文月はえぇ子じゃき。

幸村はアイツを許したぁないから、文月を身近で見ようとせん。

やから、あんなことを言える。

文月は幸村に怯えはするが、嫌いなわけじゃない。

あの目が怖いていつか言うとったからのぅ。

まぁ何かあったとしても、俺らが守っちゃるが。


「そうか、目覚めるんか…。はよ目覚めんしゃい」

「そうだ、仁王」


病室を去ろうとしている柳が顔だけを振り向かせ、クツリと心底楽しげに笑った。


「お姫様を起こすのは王子のキスと相場は決まっているらしいぞ」


ではな。と、柳は扉を閉めた。



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