一
目を覚ましたら、文月が居らんかった。
居らんというんは間違いじゃ。
俺が望む形で文月が居らんかっただけ。
「仁王」
「文月はいつ目覚めるんじゃろな」
俺が眠っていたのは4日間じゃったらしい。
文月は2日目までは病院に居ったらしい。
らしいしか言えんのは、俺が目覚めてから聞いた話じゃから。
俺が目を覚ます少し前に、文月は病院に運び込まれたそうじゃ。
そのまま、文月は目を覚まさん。
「文月っ!!」
つい先日、電話口で聞いた声が、文月の病室に響いた。
「丸井」
「ブン太さん」
俺と一緒に居った参謀と赤也が丸井を呼ぶ。
愛娘の一大事じゃ、ブンちゃんは帰ってくるに決まっとぉ。
「仁王、文月は」
「眠ったままじゃ。俺が起きたら、こうなっとった。すまん」
「文月…」
床に膝立ちになって丸井は文月の手を握る。
昔、見た光景と被った。
文月を生まれた頃から知っとるからじゃろう。
あれは文月が5歳の誕生日を迎える前じゃ。
あん時も丸井は出張先から飛んで帰ってきて、文月の手を握り締めよった。
「久しぶりの親子の再会じゃっちゅうんに、何を寝とるんじゃ?文月」
俺の小さい呟きは誰にも聞こえんかったみたいじゃ。
ただ文月の名前を何度も繰り返す丸井をそのままに、俺は参謀らと病室を出た。
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