「ひゅー、ばー…」
「出て行ってください」
「…」
小さい頃から彼女にはひどいことをしてきた。
苛苛するのだ、見ていると。
兄がいないところで、つねったり、冷たくしたりした。
びくびくとおびえる姿に満足した。
ストラタに渡ってからは、彼女の存在など忘れていたけれど。
「ど、して?」
濡れた睫が、揺れる瞳が、僕を覗き込む。
そんな眼で見ないでくれ、
「深い理由なんてありませんよ」
「…マリク教官と、おしゃべりしていたから?」
「…!」
マリク教官、と彼女の唇からつむがれた瞬間に、
腹の中はまるで溶岩のようにどろどろと何かが溶けていた。
動揺を隠そうと背中を向ける。
「ヒューバート、」
「出て行ってください」
「すきだよ」
「…は、っ?」
声が、上ずったと自分でも自覚できるほどに、
彼女の言葉は衝撃的だった。
「(好き、だと?)…何を言っているんです」
「そうやって、恐怖で縛らなくても、私はヒューバートのことがすき」
どくん、どくん、と心臓が口から出てしまうんじゃないかと思うくらいに
飛び跳ねている。ああ、彼女に聞こえてはしまわないだろうか。
なぜかそんな心配ばかりだ。得体の知れない感情が脳に流れ込む。
情報量が多い。好き?彼女が?自分を?
疑問符ばかりが飛び交って、結局はショートしてしまう。
「ななし」
「はい」
「ななし」
「うん」
「ななし」
「大丈夫、裏切ったり、しないよ」
嗚呼、この感情は、名前をつけるには自分は少年過ぎた。
そんなことを思いながら、彼女の腕をつかむ。
憎いわけではなかったのだ。
嫌いではなかったのだ。
兄に微笑む彼女が憎かったのは、教官に微笑む彼女が憎かったのは、
たとえばこれが愛だという仕様なのだ。
「ななし…」
「ひゅーばーと」
「好きです」
「…うん、知ってたよ、7年前から、」
「抱きしめて、いいですか」
「…うん」
7年分の愛を込めて、やさしく彼女をだきしめた。
夢の果てで忘れたい
(本当は、片時も忘れたことなんてなかった、君のこと)
title/ Shirley Heights