「ななし」



何度目ですか、あなたのさよならは。


「無駄です。」

「ななし…」

「聞き分けろ、とでも言いたそうですね」

「ああ」



「きょ、教官」



赤髪の青年が仲裁に入るが、もうどうしようもない。
わたしは青年をにらみつけて、それから腕を組む男に向き直った。


「ななし、危険なんだ」

「判りません。私が女だからですか?」

「そうじゃない」

「じゃあ何故」


さっきからずっとこの調子だ。
男が青年と旅を共にするようになってから何回も繰り返されるこの行為。
いい加減、飽きてはもらえないだろうか。
青年は困ったような顔をしているし、仲間の皆もまたか、という表情。

「ななし」

男が困ったようにため息をつく。
ため息をつきたいのはわたしのほうだ。



「絶対に、付いていきます。たとえそれが何処でも、です。」

「…」

「判りました?」

「…」

「教官、何回言ってもななしは諦めませんよ」

「む」

「そうですよ」

「…」

「何ですか?」




「ななし、ちょっとこっちに来い。」




男は仲間から少し離れた所にわたしを誘導する。
話が聞こえない位置だと確認すると、わたしの瞳を真っ直ぐ捕らえた。


どきり。


「ななし」

「…何、」



「俺はお前が心配なんだ。」


どきり。


「…は、?っ…えっ…?」

畜生、顔が熱い。なんだっていうんだ、これは作戦、?
顔が赤くなっている気がして、目をそらす。

「…本気だ。」

「な、んですか、急に」


「お前が傷つくのは、見たくない。」


「(あれ)」



香水のにおいがする。しかもこれは、この男がいつもつけている、匂い。




「(待って、これ、え、何、えっ)」





動揺が隠せずに緊張で顔も身体もこわばる。
後頭部の髪を、大きな手がくしゃりと掴んだ。耳元に、声。

「ななし」


ぴくり、からだが言うことをきかない。嗚呼、なんだ、もう、だめかも。

「どうしても、行くというのか?」


切なげな声が耳でささやく。でも私だって、ここで折れるわけにはいかない。

「(だめだ、もう頭がぱんくしそうだ!)…い、きますっ…」



「ならば、せめて俺から離れないでくれ。」


呟いて、身体が離れる。
ほっとしたのもつかの間、額にふわっとした感触。


「(……、なっ、…!)」


男は、ふっと微笑んで立ち去った。
わたしは、まだ、上手く飲み込めないまま、










どれだけさよならを詰め込んでも

(なにこれ、わたし、かたおもいじゃなかったの、?)
 title/ Shirley Heights

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