何かが足りない

生活に物足りなさを感じたのは最初の数日、大好きな並盛の校歌を歌ってくれたヒバードは傍にいなくてディーノは遠く離れたイタリアにいる。

今回の事を起こしたのは全て自分からの要求ではあるが、その生活の変化に自分自身違和感を感じていた。
元々お喋りをするのは好きではない方だ。だから言葉を喋れないことを不便だとは思わなかった。けれどしばらくは何かを要求するのに一々紙に書かなければならないのは非常に億劫だと感じた。
黙って出て行くことも出来ず、療養という意味も含めたこの任務は暇ばかり。

耐えきれなくなって暴れたら哲は沢田綱吉に電話をして、僕に動ける任務を与えさせた。

動ける幸せをこの時ほど感じたことはなかった。任務の度に僕は好きに暴れて、そこで溜まりにたまった鬱憤や苛々、沢山の事に対する不満をぶちまけていた。

けれどどうだろうか。

最近はそれもあまり楽しさを感じなくなってしまった。
何をするにもそれなりには楽しめるが満足することはできない。酷い時なんか全く楽しめない日もある。


「―…、」

恭弥は音のない溜息をついた。哲はそんな恭弥の姿を書類を片付けながらチラっと見た。少しだけ視線を向けて見た恭弥はあからさまに元気が無く、ついでにやる気もない様子だった。だらりと机に突っ伏してたまに顔を上げたかと思えば空をじっと見つめて、見つめてたかと思えば寝ていたりする。
わざわざ綱吉に連絡してまわしてもらった任務も大して楽しめていないようだ。

じっと空を見つめることで恭弥の頭に浮かぶ事が一つだけあった。それは遠い昔、二人が出会ってお互いの気持ちが通じたばかりの事。めったに日本には来れないディーノが少しでも恭弥に自分の事を想ってもらおうと思って恭弥に告げた事である。


――寂しくなったら空を見上げて。…俺は恭弥に会いたくなったらいつもそうしてるから。

遠い何処かの地にいたとしても、どこまでも繋がっている空を見上げて俺はお前を想っているよ、ディーノは別れ際に恭弥にそう囁いた。これに当時恭弥は間一つ開けずに「やだ」と返したが、今同じ事を言われたらそう答えはしないだろう。
現に恭弥はディーノの言うそんな事を想って日々空を見上げているのだ。


あの人も僕に会いたいとか、寂しいとか想ってるのかな。
何年も経った今、ディーノはまだこんな事してる? …本当はもう声が出ないとかどうでもいいからディーノに会いたい。弱ってるところなんて見せたくないって思っていたけど、僕はそんなに弱ってはいない。
昔は僕自身の弱さを見せたくなかったと思ったこともあるけれど。

今唯一甘えられる人、唯一甘えさせてくれる人、唯一甘えたいと思う人

ディーノ、

会いたいな。

でも、会って声がでないなんて、あの人を悲しませてしまいそうでそれは嫌だ。あの人の悲しい顔は見たくない。できれば笑っていて欲しい。


空を見ていただけの筈なのにいつしか恭弥の目頭は熱くなっていた。


何かが足りない、そんなのあなただってとっくに分かってる

[ 7/22 ]

[] []



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -