まだあなたは知らない

バンッ

大きな音が聞こえ、その音と共にボンゴレ十代目ボス沢田綱吉の部屋には一人の守護者の姿が現れた。
すぐに何年も前から自分は十代目の右腕は俺だと言い続けていた、獄寺隼人が入ってきた人物に一番早く反応する。一度は自分の武器を構えたが、入ってきた人物が守護者の一人である雲雀恭弥と知るとその腕を下げた。
もっと静かに入ってこれないのか、獄寺はそう恭弥を怒鳴りつけたが恭弥はいつものようにさほど相手にする様子はなかった。一瞬視線を向けたが、止まることなく綱吉の元へと向かう。
部屋の奥の執務机にいる綱吉と目が合う。普段なら文句を言いながら入ってくる恭弥が、今日は何も口にせず黙ってむかってくる事に綱吉は少し違和感を感じていた。

「ひ、雲雀さん?」

これまたドアを開けた時の様に大きな音を立てて恭弥は綱吉の目の前に手をついた。とにかく機嫌がよくない、その事だけは理解できた綱吉は先程の電話での無言の意味を聞く前に機嫌を直して貰おうと考えた。
しかし恭弥の名前を呼んでも恭弥は何も返さずムスっと見つめているだけだった。

「どうかしました?」

相手の機嫌だけはこれ以上悪くしないように、そう心に置きながら綱吉は問いかけた。
恭弥が何も返さない事に綱吉の横に経つ隼人は怒りを露わにしていたが、綱吉はそれをなだめつつ恭弥の行動を伺った。暫くして恭弥の手が出しっぱなしの書類と共に出しっぱなしになっていたペンに伸びる。
恭弥は書類の中にあった真っ白な紙を一枚つまんでペンを走らせた。

"声が出なくなった"

恭弥は短い一言を記した。くるっと紙を回転させ綱吉が読みやすい向きに変える。

「…本当ですか?」

そう返してきた綱吉に恭弥は口を少し開いた。"あ"と発音した筈の声はやはり何の音も持っていなくて、静かな静寂だけが流れた。

「何かあったんですか?」
"さぁ? 何もないけど"

思い当たる節が無いわけではない。大切なものを失ったのだ。それも今朝、思い出すことは少し悲しみを感じさせるけど声を失う程のショックではないはずだ。恭弥は何度も考えた可能性を頭に浮かべた。

「任務とかどうしましょうか…」

うーん、しばらく雲雀さんには休暇を出しましょうか。続けて綱吉はそう言った。その言葉に恭弥は急いでペンを走らせた。

"任務はやるよ。そうだね、どっか遠い所で長い任務でもしようかな"

予想外のその返しに綱吉はディーノと何かあったのか、という事が頭に浮かんだ。しかしディーノは二、三日前恭弥に会いにボンゴレへやって来ては帰っていったばかりなのである。その時の恭弥は何の変化もなく、また機嫌が悪かったということもなかった。それならばディーノは関係ないはずだ。
恭弥の言葉は気紛れにも感じだが、綱吉はその希望を叶えることにした。


ちょっと遠くへ行きたいと思ったのは、ここにいるといなくなったという事実を忘れてしまいそうだと思ったからだ。
いなくなっても生活に支障なんてないと思った。

けれど、急に聞けなくなったあの高い声はやけに寂しさを感じさせた。


まだあなたには知らせない、だってきっとあなたは心配してしまうだろうから

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