失った音

涙を流す事はなかった、それはただ単に僕が現実を受け入れられなかったのか、それとも驚いて何も考えられなかったのかどうかは分からない。
前者の可能性は低い。何故なら僕はちゃんと目の前の死を受け入れられたからだ。元々そんなに感情を表に出すタイプではないが、泣き叫ぶ事もなければ堅く動かなくなった死体に縋り付くこともしなかった。

だから僕は突然の死を受け入れることが出来たのだと思う。

悲しいか、と聞かれればそれは確かに悲しい出来事だった。でも受け入れられないほどじゃない。生あるものにはいつか死が訪れるもので、その死が今訪れただけなのだ。ただショックだったのはその瞬間に一緒にいてあげられなかった事だ。
そして後者の可能性はもっと低いと思う。だって今僕は冷静に考える事が出来ているのだから。
お墓を作って、そして埋めてあげたのは僕だ。僕がこの手で全てそれを行ったのだ。…そんな僕が後者であった訳がない。

そして今僕は任務に行くためのスーツに身を包んでいる。悲しみはそう深くない。今日の相手には多少の八つ当たりが混じってしまうかもしれないけれど、それは仕方のない事だ。
死が私生活に何も影響しないほど軽い筈はないからね。僕も一応人間だ、その重みを感じることはある。

マフィアになった以上毎日が生と死の狭間なのだ。今日殺されるかもしれないし、明日殺されるかもしれない。
逆に僕は今日誰かの命を奪うかもしれないし、明日誰かの命を奪うかもしれない。

殺られる前に殺れ。

それはこの世界では当たり前だった。一瞬の気の緩みは命取りだ。


――きゅ、


いつもしっかりと締められたネクタイ、今日は自分の心も引き締める様にいつもより少し強く締めた。鏡を見て自分の身なりを確認する。そろそろ出発しようか、そう思った時に高い機械音が鳴り響いた。
それはポケットにしまった携帯電話で開いて中を見るとそれはボス、沢田綱吉からの電話であることに気がついた。

「――、」

気のせいだと思った。僕は今確かに言葉を発したはずなのに耳に届く音は何一つなかった。

「――、」

もう一度言ってみてもやはり何も耳に届かなかった。耳が聞こえなくなったのかと思ったが、暫くして向こう側から聞こえた声にその可能性は無くなった。

『もしもし、もしもーし』

僕の反応を待つ声が幾度か聞こえた。何度も答えようとした、けれど、


声は音を失っていた。


『……雲雀さん?』

その問いにすら答えることができなくて僕は電話を切った。
会えない相手に失った声で説明出来ることなんて何もない。ただ黙って携帯をしまって飛び出した。後ろから哲の呼ぶ声がしたけど、その声に答える事も出来ないのでひたすらに走ってボンゴレの本部へ向かった。


失った音

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