君のこえ/番外

ある時恭弥は突然自分の声を失った。
それを隠したくて、恭弥は突然姿を消した。俺がやっとの思いで見つけ出すと、恭弥は喋ることの出来ない体になっていた。その時俺は初めて恭弥が声を出せなくなったことを知った。
草壁によればそれは心意的なショックが原因であり、身体になにかの異常があって起きたことではないとのことだった。つまりその要因を取り除けば、恭弥の声はもとに戻るかも知れないのだ。

そんな恭弥の症状の原因に気がついたのは、恭弥が大切にしていたヒバードの姿が見えないと気が付いてからだった。いつもするように窓を開け、その近くに座る恭弥。
大抵は窓を開けているとすぐに飛び込んでくるヒバードだったが、その姿は現れることがなかった。そして俺は思い出したのだ。恭弥を見つけ出してから、ヒバードの姿を一度も見たことがないということに。
しばらくして恭弥の声の代わりとなったメモで、俺はヒバードの死を知った。ずっとその悲しみを一人で抱えてきた恭弥のことを考えると涙が出そうだった。悲しいよな、と恭弥を慰めながらもヒバードの死は俺にとっても悲しいことで、いい大人の二人して泣いてしまった。気が付けば恭弥は泣き疲れて寝てしまう。

俺は赤くなった目元を冷やすために散歩に出かけた。そこでまぁ、なんというか、当たり前の様に迷子になってしまって。どうしようか困り果てた所で恭弥に見つけてもらった。その時恭弥ははっきりと俺の名前を呼んでいて、声が戻ったと知ってすごく嬉しかった。年のせいか俺は凄く涙もろく、そのことが嬉しいあまり、恭弥の前でまた泣いてしまった。けれど恭弥の声が戻ったのはそれくらい嬉しかったのだ。



***



「きょーや」

イタリアから遠く離れた地にいた恭弥を連れ戻してきて数日、ディーノは仕事の合間があるとすぐに恭弥に会いに行くか、電話をするようにしていた。
今日はボンゴレに呼ばれたこともあって、わざわざ恭弥のいる場所までディーノは足を運んだのだった。
 
一階にある書斎、窓は開いていて、そこに恭弥の姿を見つけるとすぐさまディーノは恭弥の名前を呼んだ。呼ばれた声に気が付くと、恭弥は書類に向けていた視線を上げて窓の方へ視線を向ける。どうやら今でも窓を開けておくのは癖な様だ。

「何しに来たの?」

ディーノの姿を見つけるとすぐに恭弥はそう言った。そしてデスクから立ち上がり、外から中を覗く形で立っているディーノに近づいた。
窓の縁に軽く腰掛けて見下ろす形で話しかける。

「窓開けっぱなしにしてると危ねえよ」

ディーノは窓の縁に両腕を組む様な形でのせ、そこにもたれるようにして恭弥に話掛ける。危ないといいながらも恭弥にその窓を閉めさせる気はないらしく、ディーノはそこから移動する気配も無かった。

「別に危なくないよ。ここはボンゴレの敷地内でもあるし」
「でもスパイとかいるかもしれねぇだろ」
「…面白いことを言うね」

スパイ、そんなものが簡単に入り込めないぐらいボンゴレの警備がしっかりしていることは恭弥も分かっていることだ。それは自分の屋敷でも同じだと言うのにディーノはそんなことを口にした。
建物の中に入るどころか敷地に足を踏み入れるのも簡単ではない。正式な入り口以外からは簡単に入ってくることはできないのだ。それでも恭弥はディーノの屋敷を訪ねる時は、どこからか誰も気が付かない間に入ってくることが多かった。
しかしボンゴレの屋敷でそれが簡単にできる訳がないのを知っているので、恭弥はディーノの言うことに面白いと返したのだった。それは実際に起きるはずもなく、起きたこともなかった。

「わかんねぇよ?」
「ここのセキュリティーはそんな甘くないよ」

恭弥みたいな奴がいるかもしれねぇじゃん、と続けたディーノに恭弥は薄く笑って返した。自分みたいな人、そんな人がいるなら是非見てみたいものだ。ありえない話は現実味が成さすぎて恭弥の口からは笑みが零れた。

「まぁなんでもいいけどさ、窓は閉めといた方がいいぜ?」
「なんで?」
「…雨降ってんの気が付かなくて書類びっちょびちょになることがあるかも知れないだろ」

しつこく言ってくるディーノに理由を尋ねればディーノは目を少し泳がせて、そしてそう言ったのだった。目を泳がせて言うあたりなにかあったというのは一目瞭然で、恭弥はそれが一体なんなのかすぐに分かってしまう。
きっとそれはディーノ自身の失敗なのだ。昨日は夕方に夕立があり、ディーノは出先の仕事から帰ってきたところだ、と恭弥に電話を掛けてきたのだ。しばらく話していると部屋を開ける音と、ディーノの盛大な叫び声が続けて聞こえてきたのだ。
どうしたの、と返すとごめん忙しくなった! と勢いよく電話を切られてしまった。その行動こそが昨日ディーノがした失敗であって、今言っていたこのなのだろう。

「それあなたでしょ? それも昨日」
「な、なんでそれを…!」

恭弥が言い当てるとディーノはそれを予測していなかったのか、凄く驚いていた。

「電話してたの忘れたの?」
「あ、」

恭弥はディーノの反応が面白くてくすくすと笑ってしまう。考えれば分かりそうなことなのに、ディーノは恭弥に関してだけはあらゆる点で鈍かった。仕事の会話では最初から最後まで一言も漏らさずに大切に聞いていると言うのに、こんな簡単なことにも気がつかないのだ。
マフィアのボスだというのにディーノには変に抜けている点があって、それは出会った時も同じで今も変っていなかった。きっと昨日してしまったミスもそうなのだ。

「とにかく! 窓は閉めること!」
「大丈夫だよ。誰も入ってくることはないし、あなたみたいなミスはしないから。
 それにね、窓を開けておくのはあなたのためだから」


(あなたがいつでも好きな時にここに来られる様に、それにすぐ気がつけるように、あの子がいなくなったかわりにあなたがここから来るのを待っているんだ。)


でも恥ずかしいからという理由で、恭弥はそれをディーノに教えてあげるつもりは全くなかった。これは恭弥だけの秘密なのだ。




(だってあなたはここに来たら一番に僕に声を掛けてくれるでしょう?)



ここでこうやって二人で話すもの悪くないな、恭弥はそう思っているのだった。


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