何度も何度も
「恭、弥…?」
自分の名前を呼ぶ、目の前の人物が本当に自分の知っている恭弥なのか分からなくて、ディーノは確かめるように名前を呼んだ。
なぜなら恭弥は先程まで声が出せなかったのだから、こんな急に治るなんて信じられなかった。
「他にどう見えるっていうの。それよりも、あなた勝手にどっかにいったりしないでよね」
見ただけで分かるように、それ以外の確認方法はないとでもかの様に恭弥は言う。
「…本当に恭弥なのか?」
「喋ってる僕がそんなにおかしいのかい、」
恭弥はディーノが何度も確認するように自分の名前を呼ぶことに少し苛立ちを感じていた。
声が出るようになったからせっかくディーノの名前を呼んだのに、出かけたっきり戻らないディーノを探しに来てあげたというのに、こう何度も名前を呼ばれるのはあまり気持ちの良いものじゃなかった。
しかも全て疑問符付きだ。しまいには本当に、と聞いてくる。
「違うぜ、そんなんじゃなくてさ」
不機嫌さを露わにした恭弥にディーノは少し申し訳なく感じてしまう。
怒らせたい訳じゃない。恭弥の声が元に戻ったということが嬉しいのに、それが信じられなかったのだ。しかもめったに名前は呼んでくれないのに、恭弥は何もなかったかの様に話しかけてきている。
「恭弥っ」
話すよりも動いた方が早い、そう思ってディーノは恭弥に抱き寄せた。
「声、戻ってよかったな」
「うん」
しばらくすると恭弥の肩口に顔を埋めたディーノからずず、と鼻をすする音がし始めた。
嬉しくて涙が出てしまったのだ。
「あなた随分涙もろくなったね。年じゃないの?」
「なっ、」
ディーノは勢いよく顔を上げた。そんなことを言われるとは思ってもいなかったのて、ディーノは驚いた。
目が合えば、恭弥は鼻と目尻を赤くしたディーノを見てつい笑ってしまう。感情を隠さず表に出すディーノのそうゆう所は、出会った時から変っていない。いつまで経ってもどこか子供らしい所が抜けきらないのだ。
すぐ迷子になる所も自分ではへなちょこということに気が付いてないことも、出会った時から何一つ変っていなかった。
「笑うなよ恭弥! あと俺まだ三十路過ぎたばっかだからそんな年じゃねぇよ」
「どうかな?」
「俺は恭弥のことだから嬉しいの!」
「そ、」
真剣な表情でそう言うディーノに、恭弥は恥ずかしくなって顔を逸らしてしまう。照れた所を見られたくなくて先に歩き始めた。
後ろからディーノの声が聞こえたが、恭弥は歩みを止めるつもりはなかった。自分でも分かるほど顔が熱くなっていたのだ。
"恭弥のことだから嬉しい"
その言葉が頭の中で勝手にリピートされる。不覚にもそう言ったディーノの顔に見惚れてしまったのだ。
昔から変わらない、好きになったきっかけの一つである笑顔だ。
「恭弥待てって」
すたすたと先へ行ってしまう恭弥をディーノは追いかける。すると恭弥は突然脚を止めた。
「ディーノ、」
「ん、何…?」
振り返って名前を呼ぶ恭弥に反射的にディーノも動きを止める。
「ありがとう」
「あぁって、えっ恭弥っ…!」
追いついたディーノにそれだけ言って、恭弥は突然屋敷に向かって走り出した。
ありがとう、その言葉は長いこと一緒にいるディーノにはほとんど使ったことのない言葉だ。使うのは大体仕事の時、大抵が草壁に対してだけだった。
言い慣れてない言葉は恭弥の顔にまた熱を集めたのだ。だから走り出した。
「恭弥っ!
…もうお前なんなんだよっ」
しかたなく、ディーノは恭弥を追いかけるために走り出した。ここに恭弥がいることを知った日の様にディーノは恭弥を追いかけ、恭弥はディーノなんてお構いなしに逃げるように走った。
僕が走ればあなたは必ず追いかけてきて、僕がいなくなればあなたは必ず僕を捜す。
そしてあなたがいなくなれば、僕はあなたを探す。
それは言葉にした訳ではないけれど、いつしか当たり前のことになっていた。いつの間にかあなたが僕の生活の一部になってたんだ。
これからもずっと、あなたといれますように。
走りながらそんなことを思った。
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