失ったもの

泣き疲れたのか、恭弥はいつの間にかディーノの腕の中で規則正しい寝息を立てていた。
さっき起きたばっかりじゃねぇか、と思いつつも腕の中で眠る恭弥の寝顔は凄く幸せそうに見えたので、ディーノは恭弥を起こそうとはしなかった。そっとベットへ連れていき、恭弥が目を覚まさぬように静かに降ろした。

「声、戻るといいな」

そう呟いて恭弥の目許の水滴を指で拭う。
恭弥の声が戻るかどうかはディーノにも分からないことだった。医療専門者ではないし、ディーノのしたことはヒバードがいなくなったという話を恭弥から聞いただけだ。これが真の原因でなければ恭弥の声が戻ることはない。
声が戻った時は一番に自分の名前を呼んで欲しい、そう思いながら恭弥の声が戻りますようにと願った。

(泣いたのはいつぶりだろうか、)

きっと今自分の目許は少し赤くなっているに違いない、そう感じたディーノは朝の散歩に出かけることにした。草壁に情けない姿を見られるのは、と思っての行動だったがこれが後に恭弥に迷惑を掛けることになるなんてディーノはこの時予想していなかった。


---散歩を初めて一時間ほど経った時のことである。

おかしい。何かがおかしい。恭弥の屋敷からの道は一本道になっていて、そこを真っ直ぐに抜けて一度街へ出た。帰りはその抜けてきた道から戻ればどう考えても迷わずに帰れる筈だった。
そんなことは分かっている。分かっているのにディーノは未だに屋敷に戻れずうろうろと彷徨っていた。

ぐるぐると歩く道は一本道だ。街のはずれから真っ直ぐに延びたその道は不安をあおるかの様に森の中へ延びている。それは紛れもなくディーノが一時間程前に通って来た道だ。それなのにどうだろう。前を進むだけの道なのにいつまで経っても恭弥の屋敷にたどり着くことはない。

「この道こんな長かったっけなぁ」

おかしいなー、と呟きながらディーノはとりあえずその場に立ち止まった。連絡して助けようにも携帯すら持っていなかった。ならば戻ってタクシーで、という考えも浮かんだが街へ無事に戻れる保証もなかった。
振る向けば森の中の一本道、前を向いても森の中の一本道。考えれば考える程に自分が今歩いてきた方向を忘れてしまいそうだった。いや、忘れてしまったかもしれない。

「迷子、なのか…? この年でか、」

自分でも呆れてしまいそうになる。けれど状況はどう考えても迷子。恭弥の屋敷の位置を地図で見たわけでもないディーノにはその言葉が一番似合っていた。

ガサガサ、ガサッ

何処からか足音が聞こえる。薄暗い森で突如聞こえ始めた葉っぱの擦れる音、それはディーノの胸に大きな振動を引き起こさせる。
どくん、どくん、と自分の心音が頭に響くほど大きな音に感じてしまう。今ここには部下もいなければ愛用の鞭もない。もしも何かに出くわしたら勝つ術所か逃げる術すら持ち合わせていなかった。

ガサリ

また近づく。
どくん、と心臓が跳ねた。


「ディーノ!」

聞き慣れた声に自分の名前、木々の間から現れた人物に視線を向けるとそれは恭弥だった。

「きょう、や…?」
「あなたすぐ迷子になるんだから勝手にいなくならないで」


傍に居てくれないと不安だよ

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