あまのじゃく

ディーノに会えて嬉しかったのに、自分の名前を呼んでくれる声に応えられないのが悲しくて恭弥は逃げるようにその場を立ち去った。

それが数分前の出来事で、今は自室に引きこもってベットに俯せで倒れていた。ドアは閉めているものの鍵は閉めなかった。それなのに誰も入って来る気配はない。ディーノの声所か足音すらも聞こえなかった。
つまりディーノは恭弥を追いかけてくる様な事はしなかったのである。ディーノが慌てて駆け込んで来てくれることを少し期待していた恭弥であったが、同時に誰も入ってこないことに安堵していた。今頃ディーノは草壁から事情を聞いているに違いない。
そんなことは恭弥にも容易に想像できた。草壁のことだから病院で言われたことは全て話してしまうだろうし、全ての事情を聞いた後にディーノがこの部屋を尋ねてくるというのももちろん同じくだ。
俯せのまま恭弥はもぞもぞと腕を伸ばして前方にあった枕を引き寄せ、腕に納めてぎゅっと抱きしめた。先程触れたディーノに比べて遙かに柔らかく、生物でもないそれは顔を引き寄せればすごくいい香りがした。お日様の匂いと恐らく柔軟剤の匂い。
花をくすぐるその匂いが恭弥は嫌いではなくて、むしろ好きな方であるのに何故か頭は(違う、こんなんじゃなくて、)と否定ばかりしていた。


あの人はこんな偽物の匂いなんかじゃなくて、もっともっと優しい香り。
けれどさっきは少し汗をかいていたから懐かしい匂いとはちょっと違った。転んだせいでついたであろう土と葉っぱの匂いまでしてけして嗅ぎたくなる様な匂いではなかった。
嗅いだわけでもない。僕はいくらディーノの体臭といえど匂いフェチではない。

それなのに、さっき首筋で感じた匂いが離れない。
柔らかい枕なんかじゃディーノの腕の代わりになんてなれるわけがない。

ディーノの腕はもっと力強くて何処かに引き込まれてしまうように僕を抱きしめる。
さっきもそう。ひっぱって自分のものだって主張して離さない。

僕を何処かに連れ去ってしまうように抱きしめる。
連れ去って欲しかった。


考えれば考えるほど恭弥の頭の中はディーノで支配されていく。もう随分と会っていなかったはずなのに身体のあちこちがディーノを覚えていて懐かしい感覚を思い出してしまう。
そしてディーノによく似たアレのことも恭弥は思い出してしまうのだった。


もうこの世にはいないひと、人ではないけれど家族同然に大切で、大好きで

ずっとずっと一緒にいたのに、

それなのに―…


思い出すだけで悲しくて声を漏らすことが出来なくて、嗚咽が漏れそうで漏れなくてなんとももどかしくて息苦しい感覚に襲われる。


泣きたい、今はそう思えるのに泣くことすら出来なかった。
早くすっきりしたいとそう思うのに。安心できる何かが足りなくて、今まで自分を支えてくれてた何かがなくて、安心してそんな弱さをさらけ出すなんて一人では出来なかった。


会いたい、でも会いたくない。
頼りたい、でも頼れない。


ほんとうは、……


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