重ねる指先
窓の外側と内側、その両側に立つディーノと恭弥。逃げるようにして自分の前から姿を消した恭弥をディーノはやっとの事で掴まえることが出来た。その嬉しさから先程からディーノは何度もよかった、安心した、と繰り返し呟いていた。
「恭弥、」
ディーノはぎゅっと抱きしめた腕の力を緩めて恭弥の名前を呼んだ。しかしそれに恭弥が応えることはない。ディーノは恭弥が自分に会えた嬉しさのあまり何も言ってこないのだと思っていたが、すぐにそうではないことに気が付いた。
恭弥の表情はディーノが思っていたものではなかったのだ。
嬉しい所か少し戸惑った様な、何とも表現できない複雑な何かを含んだ表情をしていた。恭弥は普段から表情が豊かな方ではなかった。だから口に出して感情を伝える以外にほとんど術を持ち合わせていなかった。
それ故に恭弥は困ってしまったのである。
今までディーノと会わなかった理由の大半が心配を掛けたくないというものであったが、会ってもどう接していいか想像できなかったのだ。元々素直ではないし甘えるんなんて滅多にしない。その甘えといっても一般的なものからすれば大した甘えに入らない。
声という伝達手段を失ってはどう意思疎通を図ればいいのか恭弥には分からず、毎度毎度紙面に思いを書き連ねて相手に見せるなど億劫にしか感じなかった。例えディーノが相手だとしても。
もしかしたらディーノには自分の考えがわかるかもしれない、そうも考えたがそれではディーノにすごく気をつかわせることになるので考えることをやめた。
「恭弥?」
ディーノは何度呼びかけても声一つ漏らさない恭弥に疑問を抱き、もう一度その名を呼んだ。こんだけぎゅうぎゅうに抱きしめてやればいやの一つや、離しての一言が出ても可笑しくはなかった。それなのに恭弥は何も言わない。
現状を知らないディーノはこの状況が理解できなかった。
「ん、」
暫くすると恭弥の側から緩く力を込めて外へ押し出される。離れた、そう思った直後に恭弥は振り替えることもなく室内に消えて行ってしまう。
恭弥、小さくなる愛しい人の背中を見つめて名前を呼んだが返事はやっぱりなかった。
「あの…」
ずっと傍で一部始終を見ていた草壁は窓辺に立ちつくすディーノに声を掛けた。まずは中に入らないか、と。そしてそこで事情を話すことを告げると、ディーノはその草壁の表情を見てなにか深刻な状況があることに気がついた。
わかった、ディーノはそう短く告げて話を聞くことにしたのだ。
***
「―……じゃあ恭弥は今声が出ないっていうのか?」
「えぇ、そうです」
理由も原因も分からない。医者の話によれば精神的なもので、その精神的なしこり、声を失う原因となったなにかによって出来た傷を取り除くことが必要だということディーノはこの時初めて聞いた。これでやっと恭弥との連絡が取れなくなった理由と先程の表情の意味が分かった。
「恭弥の部屋教えてもらっていいか?」
ディーノは座っていたソファから腰を上げた。見渡す限りこの部屋は応接間であって、恭弥の仕事部屋ではなさそうだった。現に書類を積まれた机が無ければ資料をしまう棚もない。先程の状況からして恭弥が仕事をしているとは思えなくて、ディーノは恭弥の部屋へ行くことにした。
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