繋いだ糸

『恭弥!』

『きょーやー』

『きょうや、』


夢の中でのあなたはやたらと僕の名前を連呼していた。それは答えることの出来ない僕への嫌がらせ、とも取れるほどに何度も繰り返されて、その度にあなたの呼ぶ声は少しずつ変化していた。でも全部あなたが呼んでいることに変わりはない。
しかし夢の中の僕は何かしらの返事をあなたに返していた。初めはうるさいなや鬱陶しいなと思いながら、短く"何、"がほとんどでディーノに向ける目もただ視線を向けただけのものだった。
自分でも呆れるほどにその目は興味を示していなかった。
だけどディーノの目は昔も変わらず優しい目で僕を見ていた。名前もいい加減にではなく毎回丁寧に呼ばれ、それは時に独特な甘さを含んでいた。

夢は僕が見ている夢なのに今までの二人、僕とディーノを第三者の目で見ている様なものだった。

段々ディーノに対して気持ちが変わっていく僕と、自分の心境の変化とそれによって訪れる表情の変化を自分で見るのはなんだかとっても気恥ずかしかった。僕こんな顔してない、絶対。何度それを思ってしまったか分からない。
何でそんな夢を見たのか分からなかったけれど、夢から覚めた僕はまた目元が濡れてしまっていることに気がついた。随分と涙もろくなったものだ。


恭弥は目元をこすってベットから出る。いくら何でもこれ以上の時間を寝て過ごすには体に悪いと感じた。時計に目をやれば時刻はまだ昼過ぎ。仕事部屋にいるはずの哲を探し、今日の仕事をもらいに行くことにした。けれどその前に今日はまだ食事を取ってない事を思い出してキッチンに向かった。
簡単な食事を済ませて片付けもそのまましてしまう。慣れたはずの音の無い生活はディーノに会ってしまったせいか、久しぶりに音のない事が気になってしまった。せっかく慣れた生活なのにまた元に戻ってしまったみたいだ。
ご飯を食べている時に考えるのはディーノの事ばかり。ディーノは恭弥がご飯を作ってあげるといつも馬鹿にみたいに喜んで食事をしていた。昔と変わらず子供の様に一杯こぼしながら幸せそうに笑って、おいしい、って本当に幸せそうに笑って最後はいつもありがとうって付け加えるのだ。
そしていつもその幸せを恭弥に伝える。俺恭弥を好きになってよかった、ずっと一緒にいれて今では恭弥がご飯作ってくれたりしてさ、すごい嬉しい。そう無邪気に笑うのだ。

結婚なんてことを恭弥は考えたことがなかった。だって自分とディーノは同姓同士で、ディーノはファミリーのボスとしていつかは跡継ぎが必要になって来るだろう。だから一緒にいれれば恭弥はそれでよかった。もし将来別れることになったとして理由が納得できるものなら、あっさりと身を引く覚悟もで出来ていた。
でもふと恭弥は今、なんとなく、ぱっと思いついた様にしておけばよかったと思ったのだ。表向きに結婚とは言えないかもしれないけど、それなりの何かを。
今の自分とディーノには繋ぎ止めるものがなにもない。全部切れてしまった、全部切ってしまった。

それ以上考えるとまた一日が終わってしまいそうなので、恭弥は考えることを無理矢理やめた。哲を探しに行く。
寝る前に"しばらくの外出は厳禁"と走り書きをしたメモを渡しておいた事もあって、哲は外出することなく屋敷内にいた。そして恭弥の姿を見つけるとすぐに「今日は書類の方がいいですよね」、と用意しておいた数日分の書類を持ってくる。
有能な部下から書類を受け取ると恭弥は机に座って仕事を始め……様としたら庭から鈍い音がして何かと思って窓を開けに行く。

一階に位置するその部屋からはすぐ庭を見ることが出来て、首を出すと勢いよく外側からぐいっと引かれた。

「やっと、見つけたぜ。恭弥っ」

そう呟いた人物に耳元で呟かれた。息のあがった胸にぐいぐいと力一杯押しつけれれた恭弥は抱きしめられた苦しさと、窓から上半身を出しているという状態に苦しさを感じた。
しかし聞こえた声からそれが誰かなんて分かった。鼻先をくすぐる懐かしい匂いと汗のにおい、それと何度も転んでしまったせいでついたと考える土の匂いに苦しさなんて紛れてしまった。
あまりにも必死に呼吸を整えてよかった、会えた、と心底安心した様に息を吐くから、恭弥はその腕を押し返すことなんて出来なかった。

どんなに切れそうになっても、あなたは糸をたぐり寄せる

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