99寂しいときは抱き締めてあげよう**+10

*でにょひば+10
※98の続き


昔からずっと気になっている相手がいた。初めて会った時の印象はとにかく悪く、真っ先に面倒を引き受けてしまったと後悔した。見た目は悪くなかった、むしろよかった方だ。
年相応の幼さはこれから自分のいる世界に引き込んでしまうことに罪悪感を感じさせ、異性ということに俺は少なからず期待していた。年の差を考えればロリコンと言われてもおかしくはない。しかしそれも数年すれば言われなくなるだろう。
だから期待してたのだ。初めての教え子が女の子で、自分が先生という関係になることに。

しかしそれはあっという間に崩されてしまった。口を開かれ俺の理想にまず亀裂が走る。それから理想が崩れるのに時間はさほどかからなかった。故に最悪。
女の子なんて可愛らしい表現をするのが勿体ない、餓鬼で十分。俺は会ってすぐにそれを何度心で呟いたか分からなかった。
大人っぽい落ち着きがあるかと思えば自分の欲に対しては我が儘で自己中心的。戦いに関しては異様な程の執着心と強い負けず嫌い、そして何よりも群れを嫌っていた。これから組織と呼ばれるものに入るというのに、俺の目の前のお子ちゃまは何一つ改善しようとしない。
正直俺は手を焼いていた。リボーンにあれこれやられたくなくて先生面は続けていたが、これが終わったら手を切ろうと思っていた。

…そんな気持ちに変化が現れたのは学校から離れた場所で修行する様になってからだった。
あと数日で並盛に戻らなくてはいけない、という時に彼女は急に塞ぎ込んで何も話さなくなってしまったのだ。これまではいつまでも俺に勝てないことに腹を立て、向かって来ることをやめずにいたのに今日はそれがなかった。攻撃を交わした時に微かに聞こえた「もうやだ」という一言。俺はロマーリオに目で合図してなるべく自然にその場を切り上げた。
手当てを理由に部屋に連れて行く。抵抗するかと思っていたのにあっさりと俺の部屋に入ってくれて、黙ってベッドに腰掛け、されるがままに手当てを受けていた。全てを終わらせて俺は彼女の目の前にしゃがんで顔を覗く。それまで可愛いげがない可愛くないと思っていた存在だったが、この変貌が気にならない訳がなかった。

見た目は悪くない、むしろいい方だ。

初めに思ったことが何度も頭の中で繰り返される。顔は俯いていたこともあって、その表情までは見ることが出来ない。触れた手は自分と比べるととても小さかった。震える小さな手に彼女は女の子なのだと、まだ小さな幼い少女なのだと認識する。これまでしてきたことは辛かったのかもしれない。
いくら男女差別が嫌いだからと言っても先生の俺が彼女を女の子と忘れてしまってはいけなかったのだ。
知らなかった訳じゃない、それなのに考えてやらなかったのは忘れていたと変わらない。よく知りも知ない相手、知らない土地、戦っても敵わない相手。どれ程のことが彼女を不安にさせ辛くさせたのだろうか。
その日初めて俺は恭弥という存在に向き合ったのだった。

その日からだった。俺の中に変化が現れ、あの日触れた小さな手が忘れられなくなった。あの小さくて震えていた手が眼に焼き付いている。傷だらけのあの手が、あの子の手が、あの日初めて向き合ったあの子という存在が愛しいと思ってしまったのだ。

それから好きだと自覚するのにそう時間は掛からなかった。しかし俺はこの関係を壊したくはなくて、気持ちを伝えずにいた。幸いにも時間はたっぷりあるのだ。これからも長い長い付き合いになるだろう相手だから、ゆっくりゆっくり二人で変化していこうと考えていた。


それが出来なくなったのはある日突然起きたことがきっかけだった。俺の知らないうちに部下のロマーリオは俺の話をしていた、俺と俺の周りからすでに将来の婚約者と呼ばれている相手の話を。
慌てて会話を止めたが遅かったらしく、恭弥が全てを知ってしまった後だった。俺は聞かせたくなかった話、聞きたくもなかっだろう話をしてしまったことにごめんと口にしたが、冷たく興味無いと返されただけだった。
それからはなんとなく溝が生まれてしまい、日に日に俺は嫌われていく一方だった。向こうから近づいてくれることを願って微妙な距離を保ち続けた。

そしたらなんと出会ってから10年もの時が経ってしまったのだ。
これ以上婚約の話を断るのも難しくなり、いい加減諦めなければいけないのも分かっている。
そんな時にあるパーティーに呼ばれた。しかもペアでないと会場に入ることは出来ない。

当日までに恭弥をパートナーに誘うのはもちろん出来る訳がなくて、仕方なく俺は昔から婚約者になると言われ続けた相手を選んだ。これが終わったら諦めようと決めて。

そう決めたのは数日前のこと。俺は来たばかりのパーティーの会場から消えた姿を探して、同じ様に会場を後にした。なるべく自然な様に、ただ今日のパートナーには戻るとは伝えずに。
同じ様に飛び出してしまったのは一瞬合った目が気になってしまったからだ。凛と立ち、俺の隣にいる派手な服装に包まれたパートナーとは対称的なシンプルなスーツに身を包んだ恭弥。離れた所にいてもすぐに誰だか分かった。
伸びた背筋をピンと張り綺麗な姿勢で廊下の奥へ奥へと歩いていく。俺は気配を消して気が付かれない様に距離を置いて追いかける。恭弥はそれに気が付く様子もなく、会場から離れた廊下の一番奥でさらに奥へ進む角を曲がった。追いかけて曲がろうとすると鼻をすする様な微かな音が耳にはいる。
曲がり角の先は人があまり来ないのか、他に比べて照明が少なく暗かった。
角から少し頭を出して見たが姿が見えなかい。音が聞こえるのに見えないのはおかしい。そう思って見渡せば少し行った所で壁を背に小さく丸くなっているのを見つける。
しゃがんでいて膝はぴったりと二つに折られ、腕には顔を覆う様に頭が乗せられている。ハンカチが見えることから泣いてることが予想できる。

でもなんで?

その理由が分からなくてどうしたらいいのか、何がしてあげられるのかも分からず立ち尽くしてしまう。
静かに一歩、一歩と近づいた。

声を掛けていいだろうか、

触れてもいいだろうか、

こんな場所に来たのは誰にも見つからずにこっそり泣くためだったなんて、あの時の様に何か辛いことがあったんだろうか。
1人で泣くということはそうゆう相手がいないということ。ならばここで俺は慰めていいのだろうか、涙が止まらないその理由を尋ねてもいいだろうか。
愛しいと思う相手が泣いているのは悲しかった。苦しいと叫ぶ様なその静かな泣き方に俺の胸も苦しかった。

涙が止まるなら抱きしめても許されるだろうか。




[ 113/115 ]


[] []



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -