98身の程知らずの人魚姫**+10-2

どきり、

心臓が跳ねた。一瞬だけあの人と目があったかもしれない。不自然に思われない様に反らしたつもりの視線、俯けた視線を僕はあの人を視界に入れないように上げた。
もう振り向けなかった。目が合った時、目が合う直前、僕は気が付いてしまったのだ。僕は思ってしまったのだ。


――きっと二人が婚約しても僕は祝福出来ない。


苦しかった。ただ視線にあなたを入れただけで僕の心はあっという間に速度をあげるというのに、さっきみたあなたの表情は今までに見たことのない顔で、あっという間に僕の全てを奪ってしまう。
きっと僕は見たことがないだけで、隣にいる綺麗な人には見せたことのある表情。僕だけが知らないディーノ、それをあなたは綺麗なあの人の隣では見せる。少し照れた様に笑うあなたはやっぱり格好よくて視線はすぐに外せなかった。
だけど、だけどそれだからこそ苦しくなってしまったのだ。だって僕はやっぱり思ってしまったんだ。

あなたがすき。

僕は本当は遠くからあなたを見ていたい訳じゃない。あなたの隣に行きたい、あなたの隣に立つ綺麗な人の場所に行きたい。でも気が付いてしまったんだ。
それは無い物ねだりもいいところだということに。あのお似合いの二人の間に僕は入れない。入ることなんてきっと許されていないのだ。

だから苦しかった。もうあなたを見れないと思った。
あなたの傍には居られないと分かってしまった以上、あなたを見るのは辛すぎる。きっとこの視線を戻したらなにかが溢れてしまうだろう。
この瞳を一度でも閉じてしまったら、今この場に相応しくないものが溢れてしまうだろう。

いたい、くるしい、

もういられないよ。



それでもあなたが好きなことには違いなくて、僕は人に酔ったと嘘を吐いて会場を飛び出した。

人のいない廊下の奥へ奥へ向かう中、僕は人魚姫の童話を思い出していた。


あなたの隣にいる綺麗な人を殺すことは、あなたが悲しむだろうからできっこない。

それなら惨めな僕は泡になって消えたい。






この胸の痛みが泡となって想いと共に僕を消してしまえばいいと思ったからだ。




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