ありがとうと、よろしくね-3

「あー疲れた」
「僕も。早くゆっくりしたい」

空港に降りたっての第一声は二人とも疲労を表したものだった。日本からイタリアに渡って来ただけだと言うのに、二人は通常の倍疲れていた。
ただ飛行機に乗って来るだけなら多少のけだるさを感じたとはしても、ここまで疲れることはなかったのだ。

ディーノはすぐに車を用意させて本邸に向かった。本邸に付く頃には恭弥は規則正しい寝息を立てていて、起こしてもなかなか目覚めないのでそのまま連れて行くことにした。

「ん、」

部屋についてベッドに降ろすと恭弥は目をこすりうっすらと瞼を開き始めていた。

「おはよう恭弥」

ディーノはベッドに腰掛け恭弥の髪をなでた。恭弥の髪はまるでその志の様にまっすぐで癖がなく、それでいて漆黒の艶をもっていた。何にも染まらない黒は日本人の象徴でもあるが、恭弥自身の様だった。自分にはないその色の髪をなでるのがディーノは好きだった。

以前そんなことを伝えたら恭弥は自分の髪よりもあなたの髪の方が好きだと言っていた。恭弥にとっては自分の髪よりもふわふわしたディーノの髪の方が触り心地がいいそうだ。ヒバードと似てるから、と言われたのは少しショックだった。

「もう着いたの?」
「おう。夜にはパーティだな」
「…まだ大晦日じゃないよ」

恭弥はディーノの言うパーティは大晦日に行われるものだと思っていたのだ。大晦日に新年に日をまたいでやるものだと。そう思っていたのにパーティは大晦日にやるものじゃないらしい。

聞けばイタリア人は、元旦以降仕事をするらしく、お正月といった期間がなければ新年早々ゆっくりするということもないらしい。だからパーティがあるといって実際は二人きりの時間が多いみたいなのだ。

「始めからそう言ってくれれば、去年は断らなかったよ」

そう言うとディーノはなら説明してやればよかったな、と笑っていた。

ディーノの言うとおりパーティは規模こそはファミリー全体に向けて催すものなので大きかったものの、内容はあっさりとしたものだった。知らないファミリーが来るわけでもなくあくまでも身内のみでのもの。
ディーノは挨拶に追われることもなく、恭弥は会場の端にいることもなかった。普段は着ないようなシンプルかつ可愛らしいデザインのワンピース、ヒールはそんなに高くないけれどワンピースにあったデザインの靴、それに軽い化粧とヘアアレンジ。ディーノの隣に立つ恭弥は自身も驚くほど普段と違っていた。
本当はいやだとつっぱねるつもりだったが、ディーノが可愛い可愛いというのでそれは出来なくなってしまった。会場でも何人かに同じ様なことを言われるので気分は悪くなかった。

そんなパーティが終わって次の日。恭弥は今回イタリアへ来た大きな目的の一つでもあるパーティが終わってしまい、何をするのかいいのか分からなくなってしまった。分からなくて、日本でするようにだらだらと過ごしていた。
が、ここにはこたつはなくてベッドに横たわるしかない。ベッドは一日中寝ているようでなんだかいやだった。

「ねぇ暇」
「んー、そーだなー」
「あなただらだらしすぎ」
「んじゃ出かける?」

恭弥の寝ころぶ横にディーノもだらだらと横たわっていた。ディーノが目覚めたのは今さっきのことでまだうとうとしていた。恭弥はディーノがずっと寝ていたのでその間にやれる限りの暇つぶしはやりきっていた。
ディーノの髪をいじるのも飽きたし、一緒に寝るのも飽きてしまった。じっと寝顔を見つめるのももう充分すぎるほどにやったことだった。

「うん、そうする」
「ほんとに?」
「だって暇じゃない」
「じゃデートだな」

に、と嬉しそうに笑うとディーノは着替えるためにベッドから降り立つ。するとすぐに部屋を出て行ったかと思えば女の使用人が数人現れ、恭弥をさらうように別室に連れて行った。そこであーでもないこーでもないとあれこれあてられ、一時間ほど経った時には昨日のように別人の自分が鏡の前に立っていた。

部屋に戻されるとディーノはもう出かける準備が出来ていて、一言褒められてから手を引かれ二人で街に出た。部下はいらないの、と恭弥が尋ねるとここはシマの中だからいいのだとディーノは楽しそうに言っていた。
城の近くだからかディーノのことを知っている街の人も多いらしく、連れられるままに店に入れば沢山声を掛けられる。恭弥はまだ言葉は完璧じゃないので返答に困っていると、ディーノが何かを伝えてくれる。
嫌な顔はしていなかったのできっと悪いことは言われていないのだろう。そう感じてすぐに今度は何かからかわれるようなことを言われた様な気がする恭弥だった。ディーノがどこかれ照れた様子で店を出たからだ。

それからその日は特に決まった目的もなく繋いだ手に引かれるままに恭弥はディーノの横を歩く。

二人でこうして出かけるのはすごく久しぶりなことだった。初めて出会った年、ディーノは恭弥の家庭教師という名目で日本に来日していたから、二人が会える機会は今に比べてかなり多かった。
しかしそれも一年も経てばディーノが恭弥の家庭教師であることは変わらなくても、教わることは減り会える回数は減っていた。ディーノは仕事で長く日本に来れないことがあったし、恭弥はディーノが日本に来たとしてもこうして二人で出かけることをあまり好まなかった。むしろ恭弥は出かけるのが好きではなかった。

恋人なんだから出かけてもおかしなことはないだろう。ディーノはそう言ったが、恭弥にとってはそれを誰かに見られてしまう方が恥ずかしくて耐えられなかったのだ。日本という広い様に見えて狭い国内じゃ、どこに出かけても誰かに出会ってしまいそうで落ち着いて出かけられなかった。

出かけることを嫌がっていた恭弥だったが、今日はそんな素振りを見せることなくディーノの隣を歩いていた。

「恭弥が楽しそうでよかった」

恭弥の横で楽しそうに始終にこにこと笑顔のディーノが恭弥に言った。恭弥からすればそれはあなたでしょ? と言いたくなるほどの笑顔だ。

「それはあなたじゃないの?」
「ん〜そうかもな」

恭弥が言えばディーノはさらにぱっと笑顔になって本当に嬉しそうに笑った。

「恭弥は出掛けるの嫌いだと思ってたからさ」
「嫌いじゃないよ」

どうやらディーノはこれまで恭弥が出掛けるのが嫌いだと思っていた様だ。それもそのはずで恭弥はディーノの誘いをやだ、群れの中には行きたくないとその二つで断ってきたのだ。
あなたと出掛けるは自分が恥ずかしいからだ、なんて正直に伝えた事なんて一度もなかった。

「嫌いじゃねぇの?」

 突然ディーノは立ち止まり、恭弥を振り向いて尋ねた。

「嫌いだなんて一度も言ったことないよ。やだ、とは言ったけど」
「…じゃあなんで」

ディーノはこれまで恭弥が嫌いなら、と出掛けるのをしぶしぶ我慢してきたのだ。本当は恭弥といつだってこうして出掛けたかった。たまに恭弥の機嫌が良い時だけじゃなくて、近くでも遠くでもどこにだって二人で出掛けて思い出を作りたかったのだ。
でもそれをしなかったのは、好きな人が嫌がることはしたくないという思いがあったからだ。

「恥ずかしいの、誰かに見られるのが」

恭弥は少し熱の集まる顔を俯かせた。もちろんディーノに見られるのが恥ずかしくて、だ。今までに赤くなった顔は何度見られたのか分からなかったが、いつまで経っても恥ずかしいことに変わりはなかった。

「ここではいいのか?」

恭弥の言うことを理解するとディーノには一つの疑問が残ったのだ。見られるのがいや、というならイタリアでも日本でも変わらないと思うのだ。それなのに今日はあっさりと了解してくれたのは何故なのだろうか。

「ここは知り合いに絶対会わないでしょう?」

確かにここはキャバッローネのシマの中であるが、絶対に知り合いに会わないとは言い切れなかった。同盟ファミリーであるボンゴレの人間がいる可能性は充分にある。
が、それを言ってしまったら恭弥は帰ると言い出してしまうのをディーノは分かり切っていた。

「そうだな」

だからそう返しておいた。絶対に会わないとは言い切れないが、絶対に会うとも言い切れない。恭弥がこんなに素直なことは滅多にないことなので、ディーノはこの滅多にない機会を楽しむことにした。

それからディーノは恭弥をあちこちのお店に連れて行った。何か欲しいものはないか、そう聞いても恭弥がいつだっていらないよ、ばかり繰り返す。それでもディーノは可愛い可愛い恋人に何かを買ってあげたかった。
今までに付き合った女の子はこうして二人で出掛ければ必ず何かをねだって来たし、与えれば喜んで受け取ってくれた。
しかし恭弥は絶対にそれがなかった。本当に欲しいものしか欲しいと言わないし、本当に欲しいものは他人にもらうのではなく自分で手に入れたいタイプなのだ。

恭弥が欲しくないなら与える訳にはいかなかったがディーノは何か買ってあげたかったのだ。けれど結局その日は恭弥に何かを買ってあげると言うことはなかった。二人で出掛けて食事をしてせっかくなので街を案内して、ただそれだけだった。
それだけであったが二人とも不満はなく、むしろ満足していた。

城に戻った頃には二人ともくたくたですぐに夕食や入浴を済ませて部屋に戻った。

「あ、」
「どした?」

恭弥は部屋に戻って来るなり何かを見つけた様に呟いた。

「もう日付変わっちゃうじゃない」
「本当だな。気がつかなかったなー」
「遊び過ぎちゃったね」

ごろん、と恭弥はベッドに寝転がった。恭弥はディーノと出会うまでベッドというものが好きではなかったが、ディーノと出会ってからはベッドも悪くはないな、と感じていた。
特にディーノの寝泊まりしている場所のベッドはいつもふかふかですごく気持ちが良いのだ。特にここの布団はとくに気持ちが良かった。ふかふかなのに沈みすぎなくて心地良い。

「たまにはいいだろ?」
「たまにはね」

ディーノも恭弥と同じ様にその隣に寝そべった。仰向けに横になる恭弥はディーノの方に向いて気持ちよさそうに横になっていた。すぐに寝てしまいそうな気持ちよさそうなその姿にディーノも寝てしまいそうだった。

「そうだ」

このまま寝てしまおうと思っていたのに突然恭弥は上半身を起こした。ディーノもそれに続いて起き上がる。

「なにかやることあったっけ?」
「あるよ。新年になる前に言わなくちゃ」
「? 新年の前に?」

そう言うと恭弥は新年になる前に言わなくちゃいけないこと、それをするために正座をする。ネグリジェの裾をきちんと整えてから座る所がすごく恭弥らしくて、ディーノは恭弥に見つからないように顔の筋肉を緩めた。

そんなところも可愛くてたまらないのだ。

「今年は一年お世話になりました」

恭弥がそう言って頭を下げたのでディーノはきょとんとしてしまった。

「日本ではこうやって言うんだよ」
「じゃあ俺もやった方がいい?」
「それは好きにしなよ」

好きにしなよ、と言われてもこのまましないのは何となく居心地が悪く、ディーノはすぐになれ合い正座をして同じ様に恭弥に向き合った。

「今年はお世話になりした。来年も一緒にいような」

いいよ、と恭弥が言ってくれたのでディーノはそのまま恭弥の頬に手を添えて顔を近づけた。重なって触れるだけの唇。離れる前に振り子時計の長針と短針の重なる音が響いた。

「あけましておめでとう、恭弥」

音に気がついて時計を見ると時刻は日付が変わったことを表していた。一年が終わって新しい年になったのだ。

「そーだ、渡すものがあるんだ」

恭弥がディーノに言葉を返す前にディーノはそう言い残してベッドを降りていく。部屋を出て行ってすぐに一つの封筒を手に戻ってきた。それは一般的に手紙に使われる封筒で、恭弥には今ディーノがここにそれを持ってきた意味が分からなかった。

「これ」

戻ってくるとディーノはすぐにその手紙と思われる可愛らしい封筒を恭弥に差し出した。

「手紙?」

思っていたことを口にして恭弥はその手紙を受け取った。所がその手紙と思われたものは全く厚みがなくて何も入っていないかの様に思えた。しかし端っこに寄った膨らみを見て中身が空じゃないことが分かる。

「手紙じゃないぜ。ほら、日本ではお年玉を渡すって聞いてさ。こっちにはああいう封筒ないから、まぁ…中身はお金じゃねぇんだけど」

少し照れた様子でディーノが言うので恭弥はこの中身が少し気になった。お年玉の代わり、と称して一体何をプレゼントしてくれたのだろうか。

「開けて良いの?」
「おう」

そう答えるディーノはやっぱり照れた顔をしていた。

「…これ、」

袋を開けて中を見るとキラリとひかる銀色のものが一つ。手のひらに出すところりとそれは転がった。それは指輪であった。けれど少し小さめの指輪で定番の薬指にははまりそうにない。

「定番だけど、指輪」

もらってくれないか、とディーノは続けた。もちろん恭弥はもらうつもりだった。だけど一つ気になることがあった。どうみてもこれは小さいのだ。例え婚約という意味ではなかったとしても、ディーノは指輪を薬指にはめて欲しいと思うはずだ。でもはまりそうにないのだ。

「…これ、はまらないかも」
「あ、それな」

薬指にじゃないんだよ、とディーノは恭弥の左手を手にとって右の掌に乗る小さな指輪を取るとそれを左手の小指にはめた。

「ピンキーリングだからさ」
「ピンキーリング…?」

恭弥はその名前を耳にしたことがあるような気はしたが、正確な意味までは知らなかった。名前を耳にしたことがあるだけであって、それが小指につけられるものだというのも今知ったのだ。

「今年も一緒にいられますように、って願いが叶うように」
「! …ありがとう。それじゃあ今年もよろしくね」

願いが叶うように、なんてくさくて笑われると思っていたディーノだったが、恭弥は嬉しそうに小指にはまった指輪を見つめて言った。よろしくね、と言った恭弥は素直で本当に可愛らしくて愛しくて、この恋がまた一年続くといいと思った。


 
 ありがとうと、よろしくね。




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