ありがとうと、よろしくね-2

「ねぇお正月って何をするの?」

キャバッローネの持つ自家用ジェット機の中、ディーノの隣に腰を下ろして恭弥は尋ねた。

「イタリアは日本みたいに正月を過ごしたりは無いんだぜ、大勢でパーティをしてそれでおしまい」
「それだけなの?」

イタリアでは新年を迎える前にパーティをして、新年何か特別なことをしようというのはないらしい。恭弥は日本とイタリアの違いに少なからず驚いていた。

「そうだよ。だから今年の元旦に恭弥の家行けたんだぜ」
「う、」

この話をされると恭弥はこの時起こったことを色々と思い出してしまい、すぐに恥ずかしさから顔が真っ赤になってしまう。恥ずかしがる恭弥の横でディーノは「あの時の恭弥は本当可愛かったなぁ」と嬉しそうに呟いていた。

「いつになったら忘れるの!」
「いつになっても忘れねぇよ。去年は断られ今年こそ! と思った俺の誘いを断って恭弥があんな生活をしてたとはな。生活能力がああも低くなるなんて別人かと思ったぜ」

にたにたと口の端をつり上げ意地悪そうに笑いながらとても楽しそうにディーノは言う。恭弥にとっては忘れて欲しいのにいつまでもディーノはこのことばかり言うのだ。

「俺の前ではいつだってああでもいいんだぜ?」
「…あなたはあの格好でいて欲しいだけでしょ」

甘い笑顔の下に隠されたディーノの下心が恭弥には分かり切っていたので、そのままふんっと鼻を鳴らして思いっきり顔をそらして言い切った。
あの日恭弥は丈の長いシャツにショートパンツという極めてラフな格好だったのだ。あれからしばらくは長ズボンを履くと決まって露出が少ないと言われたので、恭弥はディーノがあの時の格好に執着していることに気がついていた。

「恭弥すねんなよ」
「すねてない」
「俺は恭弥も好きだけど、恭弥の全身も好きなだけだよ」

そう言いながらす、と恭弥の太ももにはディーノの刺青の入った独特の手のひらが置かれた。それもかなり自然に、そしてディーノから背けた背から抱きしめられて引き寄せられる。

「やめてよ変態」

パチンッと音がしてディーノの手は恭弥の手によってはじかれた。ディーノは今現在の場所を気にしていなかったが、恭弥はこの場所にいるからこそディーノに流されるわけにはいかなかった。
今二人がいるのは機内な訳であり、プライベートを重視されているといえどもすぐ前の扉を開ければ機長がいて、今いる空間の後ろの扉の外にはディーノの部下が二人ほど立っている。

こんなに人のいる場所でことに及ぶ気など無かった。

「今いい雰囲気だったのに!」
「何考えてるの! せめて地上に降りてから盛りなよね!」
「初めての空中え「僕帰る」

ディーノの言わんとすることを遮って勢いよく席から立ち上がった恭弥は、その足でまっすぐ機長室に向かおうとしていた。もちろん今すぐ日本に引き返せと言うためだ。
恭弥のすることがディーノにも瞬時に分かり、恭弥が立ち上がってすぐにディーノも立ち上がった。ドアノブに手を掛ける、というところで恭弥の腕を掴み自分の方へ引き寄せた。

「ごめんって!」
「やだ」
「おとなしく座ってるからさ、だから帰るのはなしにしようぜ」
「やだ」
「うわっ」

恭弥が怒って暴れてしまうのはいつものことだったが、今は機内の中。暴れられては困るのでディーノはすぐに謝って恭弥をなだめる。もうしないと誓ってすぐに席に座らせ様とした。
が、それはディーノの思っていたほど簡単なことじゃなくて、屈んで恭弥の顔をのぞき込もうとしたらそのまま顔面に拳が伸びてきた。

あわててのけぞればそのままずべん! 滑ったとも転んだとも言えない音が鳴って思いっきり背中から転んでしまった。いてて、と呟けばディーノの腹にはすぐに何かの重み。見れば恭弥が馬乗りになっていて、すぐ後ろでは大きな音を立ててドアを開かれる音がした。

「大丈夫かボス!」

大きな音に驚いた部下の一人、ロマーリオが駆け込んできた。

「…っと、邪魔したかな。そういうのはもっと静かにやってくれよ」
「は?」

ディーノは駆け込んできたロマーリオが何を言っているのか理解ができず、疑問を口にした。ロマーリオへ向けた視線を恭弥に戻すと恭弥も何を言われたのか理解できておらず、ディーノの上に馬乗りになったまま固まっていた。
多分これは何を言われたのか考えているのだろう、ディーノがそう思っていると恭弥はゆっくり首をかしげた。つまり考えても分からなかったのだ。

「あのなー、ロマーリオ。別に恭弥は俺を襲ってた訳じゃねぇぜ」
「なんだ、違うのか?」
「ちょっと言い合いになっただけだ。な、恭弥」
「でも襲おうとしたよ」
「なっ」

ディーノはロマーリオに現状を説明するために同意を求めたのに、恭弥はそれに同意することはなかった。それもそのはずで恭弥はディーノの言った“襲う”の意味を勘違いしていたのだ。
ディーノの襲うは夜這いとかと同じ方の意味で、恭弥の思う襲うは戦闘的な意味だったのだ。

「…んじゃあ俺達はしばらく離れててやるよ」
「? そんな必要あるの?」

恭弥とロマーリオの会話は完全にかみ合っていなかった。
けれどロマーリオは恭弥のその返しに驚いた顔をして、すぐに笑いながら部屋を後にした。ディーノに余計な一言をのこして。

「なんだったの?」

すぐに部屋を出て行ったロマーリオの行動と言動が分からなくて、恭弥はすぐにディーノに尋ねてみた。ディーノはあのなぁ、と呆れたため息を漏らしていた。

「襲うって言うのは、恭弥が俺を、って意味だったんだぜ」
「? だからそれがなんなの。僕があなたを咬み殺すってことでしょ」

恭弥はやっぱりディーノが思っていた通りの勘違いをしていた。それ以外の意味なんて知らないよ、とでも言いたい様子だ。

「ロマーリオは俺たちがさっきの続きするかと思ってたんだよ」
「さっきって、なに?」
「さっきはあれだ。空中むぐっ」

ディーノが続きを言おうとしたら今度は恭弥の手で口元を覆われてしまった。恭弥はそのまま固まってみるみるうちに赤くなっていく。

「そんなことしない!」
「うん、でもすると勘違いされたぜ」
「しないよ、ばか!」
「あでっ」

ずっと馬乗りだった恭弥はディーノを押しのけて慌てて後方のドアから飛び出していった。ディーノはその衝撃で後ろに倒れ、本日何度目かになるか分からない鈍い痛みに一人声を漏らしていた。
せっかく恭弥と年末が過ごせそうだというのに、年が明ける頃には大きな怪我を一つくらいしててもおかしくなさそうだ。

しばらくバタバタと走り回る足音とどっと巻き起こる笑い声が響いていた。それと何かが倒れる音と割れるような音も。きっと恭弥がそんなんじゃない、と弁解しに行っているのだろう。そして暴れた恭弥は誰も止められない。

「しょーがねぇなぁ」

ディーノは仕方なく恭弥の元へ向かう。

「いっ」

が、部屋を出ようとしたら何故か自分の足にもつれて転んでしまった。




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