コロリズモ(未完収録02)

「さぁね」

少年は答える気がないらしく、顔を少し反らしてそれだけ呟いた。そもそも少年はこの質問に答える必要もないのだ。どこに住んでいるかなんて普通は名前も知らない初対面の相手に聞くことはないだろう。聞かれて答えなくてもそれはおかしなことではない。
相手の気分を少し損ねてしまったことにディーノは内心反省をした。

「・・・それよりもあなた帰れるの?」

黙ったままでいると少年は口を開いた。これまで真っ直ぐ歩いて来たつもりのディーノは、このまま真っ直ぐ歩けば帰れるはずだと返した。すると少年はまた呆れた様子で溜息を漏らす。

「ここはどの道からも真っ直ぐに繋がってなんかないよ。そもそもこの森に道なんてない」

それもその筈だった。街から森に入る人間は全くいない。昔狩りに使われていたと言っても、それはディーノの記憶にも無いほど何十年も前の話だ。少年の言うことは正しく、現にここまでくるのに道と言えるものがあったのかはディーノにも分らなかった。木を避けて真っ直ぐ来たつもりが、実は少し右に逸れていたり半周していたのかもしれない。

「本当に帰れるのかい?」
「努力は、する」

ディーノの発言に少年は呆れるばかりだった。何故森に入ってきたのだろうか。いや、入ってきてしまったのだろうか。明確な理由が分らない以上そう思わずにはいられなかった。

「しかたないね、」

少年はそう呟いてまた溜息を漏らすと、ディーノを見つめて続きを発した。

「今日は泊まっていきなよ」

今さっき出会ったばかりの人物。それも悪い噂しか聞かない森で出会った、名前も知らない少年。そんな人物の世話になっても大丈夫なのだろうか、とディーノは考えた。いいか悪いかその可能性は半分ずつくらいだ。考えてもどっちかなんて結論はでるはずもなく、ディーノは少年の世話になることにした。
ディーノはマフィアのボスである以上、それなりの対処はできる自身があった。少年がディーノのことを知らなかったということは、きっとボスということは知られていないのだろう。だから万が一襲われても防げる可能性は高かった。

「悪いな、世話になる」
「ついてきなよ」

このまま一晩森を歩き続けるよりは、ディーノはそう思い少年の言葉に甘えることにした。この不気味な森では安全な保証がなくても人と居た方が安心できる気がしたのだ。現にディーノの恐怖はすでになくなっていて、少年に連れられるまま歩く森の中は先程よりも不気味に見えることはなかった。

少年の隣を歩くと新たに気が付くことが一つ。少年はディーノより背が低い。
やっぱり年下なんじゃないだろうか、そんな考えが頭をよぎるが少年は相変わらずの態度だった。何を聞いても冷静に落ち着いた反応しか返さず、多くを語ろうとはしない。ディーノがいくつかの質問をしたが、はっきりとした答えをもらえたのはたった一つだけだった。少年の名前が恭弥だと言うことしか分らなかった。

何故森に住んでいるのかも、何故街に出て来ないのかも分らないままだった。森から出られない事情があるのだとか、森に恭弥を縛り付ける何かがあるんじゃないかとか、実は誰かに監視されていてこの森に監禁されているだとか。ディーノは様々な理由を考えた。しかしそんな他人のプライバシーに足を突っ込む様な質問は出来ず、結局なに一つ恭弥に聞くことはできなかった。そうして考えていると森の木々が少なくなり、急に開けた場所に出た。

「わぁ」

いつもは森の外から森の一部として見てきた屋敷、それがディーノの目の前に建っていた。それはキャバッローネの本邸に比べてしまえば小さな屋敷でしかなかったが、なかなか立派なものでその迫力にディーノは声を漏らした。それは時代を感じさせるが、決して寂れてない屋敷だった。

「中に入れてあげるけど、勝手に動き回ったりしないで」

恭弥はそう言うと屋敷の前にある簡素な門を開け、敷地の中へと入った。視線の先の屋敷に繋がる緩くカーブを描く煉瓦の道。花壇に挟まれたそこを数メートル歩けば屋敷の扉はすぐそこだ。大きな木の扉にある人の出入り出来る小さな扉、そこを恭弥が通り抜けるとディーノも後に続いて中に入る。薄暗く中が見えずに立ち止まっているとカチャカチャと金属音がして、ぽっと小さな明かりが灯された。その明かりは恭弥の持つランプのものだった。
ランプを持った恭弥の明かりを頼りにディーノはまた恭弥についていく。電気とかねぇのかな、とディーノは思ったが恭弥の素振りがない以上、ここに電気はないらしい。その証拠に恭弥の持つランプは、ろうそくに火を付けたものをランプの中に納めるという簡易的なものだった。

僅かに差し込む月明かりで屋敷の中は照らされている。案内されながらもディーノは周りを見渡していた。
まず驚いたのは屋敷の中がディーノの想像とはかけ離れたいたことだ。掃除も行き届いてない様子なのかと思っていたが、そんなことはなくどこも綺麗に保たれている。外見ほどの古さも感じられずよく手入れされているのだと分るほどだ。もっとも小さな屋敷だからこそ、恭弥一人でも手入れがしやすいのかもしれないが。
暗闇だからこその気味悪さはあるが、それは想像に比べたら大したことがない。

「ここを使って」

恭弥に案内されたのは一階にある客間だった。客人なんてあるんだろうか? と失礼な考えを持ちながらも、ディーノは案内されるままに部屋に入る。中は今まで通ってきた場所同様に綺麗な部屋だった。

「僕は朝仕事でいないから、朝になったら勝手に帰って。街の大きな時計台を目指して歩けば出られるよ」
「分かった、本当にありがとうな」
「そう思うならもう入って来ないことだね」

ベッドの場所までディーノを案内すると、恭弥はサイドテーブルにランプを置いて大きな窓のカーテンを引いた。朝目が覚めるように、とレースのものだけにしてくれたのだ。恭弥の言葉には冷たを感じるものも多かったが、その行動は優しさを感じるものばかりだった。森で出会った時も、そして今もそうだ。どこか人を寄せ付けようとしない雰囲気があるというのに、恭弥はディーノのためといくつもの親切をしてくれる。
ふわり、ベッドに腰掛けるとその柔らかさにまた驚くディーノだった。人が住んでいなさそうに見えるのは外見だけで、中は一般的な生活環境となにも変らない。ただここに住んでいるのは恭弥一人だけで、他には誰もいない様だ。

「あぁ、そうだ。屋敷の中は絶対に探らないこと。いいね?」

恭弥は入る前にも言ったことをもう一度言った。その口ぶりにディーノは思わずうんと言ってしまいそうになり、開けかけた口をぐっとこらえた。何故ならそれは恭弥が見た目らしからぬ口調で言い、それにディーノも素直に反応してしまいそうだったからだ。それはまるで母親が子供に言い聞かせる様な言い方だったのだ。
ディーノが素直に返すことをしなかったのは、それはおかしなことだと気が付いたからだ。

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