コロリズモ(未完収納)01

※恭弥が吸血鬼
※過去に出した吸血鬼本に収録していた話の、事実上加筆修正になっています
※未完ですが、そのうち本に収録していたものを収納します


初代キャバッローネから統治されているこの街には一つ、長いこと言い伝えられている伝説があった。それはただの言い伝えなのか事実なのか、それすらも分からないほど長いこと言い伝えられている。
それは次の様な内容のものだった。

街の外れに人の寄りつかない大きな森がある。そこは遠い昔、キャバッローネが統治し始めた頃は狩りの場として使用されていたと言われている。しかしいつしか人は森に入るのを止め、そして次第にこんな噂が流れ始めた。
――森に入ったものは二度と帰ってくることはなかった。あの森には近づくな。そして絶対に足を踏み入れるな。
これはディーノ自身も幼い頃から何度も親やファミリーの人達から聞かされたことだった。いつからこんな噂が言い伝えられているのかは分からないが、それが事実なのかただの言い伝えなのかを知る者は誰一人としていなかった。
長い間街に住む人々は森を恐れ、決して近付こうとはしなかった。それがずっと守られてきたのは、森の中にぽつんとそびえ立つ小さな屋敷も関係しているだろう。長い間そこに有り続けるそれはいつの間にか森の一部と化していたが、建物のとしての気品を失ってはいなかった。いつまでも寂れることはなく、人の住んでいる気配は感じさせないものの、当時のままでそこに有り続けた。
それが不気味さを駆立てたのである。いつしか言い伝えには森にはよくないものが住んでいる、という誰も知らない存在が追加された。それでも森が人々に及ぼす影響は何一つなかった。だから今日までこの街の平和は守られて来たのである。

キャバッローネの統治するこの街は、マフィアの支配下にあっても街人とマフィアの身分に差など有りはしなかった。街人はファミリーの人間に怯えて生活をすることはなく、またファミリーの人間も権力や金を人々に振りかざすことはなかった。この街はキャバッローネのボスが何代もそうであったように人情にあつく、優しさで溢れた街だった。そして現在の十代目ボス、ディーノもまた同じ様な人間だった。
ボスであるが故の贔屓はなく、ディーノもボスであることを押し出したりはしない。ディーノはディーノとして過ごせるこの街が大好きだった。

その平和が崩れ始めたのはある日の酒の席でのことだ。顔なじみと集まってファミリーでやる様な大きなものではなく、もっと小さい集まりを行う。それは時期も気紛れであれば、人数もその時々だ。今回は結構な人数がいたためにレクリエーション的なものをしようという話になった。
それなら罰ゲームを決めようという話になり、ディーノは街に言い伝えられる森を罰ゲームにしようと言ったのだ。内容は簡単、森に入って街から見える屋敷に行って帰ってくること。その場に居る全員の表情が一瞬にして硬くなった。
いくら地位を気にしていない、と言ってもディーノはマフィアのボスだ。その意見には暗黙の了解で反対しないのが大抵だ。しかし今回のことにはすぐに返事を出せそうになかったのだ。対象はただの森だ。ただし入ったものは二度と帰ってこない……来られないという。
それでも一人が了承してしまえば、あっさりとそれが罰ゲームとして決まってしまう。ディーノ以外の誰もが心の中を少し重くさせ、必死にゲームをした結果、負けたのはディーノだった。言い出しっぺであったディーノだったが、他の者ほど森に不安を抱いてはいなかった。そもそもそう思うからこそ言えたのだ。
ディーノには確証があったのだ。きっと悪いことは起きないと。心配する皆に見送られ、ディーノは自らの罰ゲームの実行のために森の中へと入っていく。入るのはなんとなく開けた場所からだった。

「うっ」

森に入ってすぐに後悔した。声を上げたのはその不気味さ故だ。鳥がバサバサと羽音を立て、木から飛び立って行く音がもの凄く大きな音に感じる。そしてディーノの心臓も身体の外から音が分かるのではないかというくらい、重く跳ねていた。ドクンドクン、その音を紛らわせたくても紛らわせる音を発生させる術がなかった。
日付が変るか変らないかの深夜、森の中には人工の光は一つもない。酷く薄暗く不気味だったが、木々の葉が薄く茂る場所だけは月の光が明るく照らしている。その光を頼りに森の奥へと足を進めて行く。迷子にならないように出来るだけ真っ直ぐに進む。
視界の先に見え隠れする屋敷はやはり明かりを灯してなどいなかった。人が住んでいる様子はないが、締め切られた窓ガラスの向こうは暗闇で、それがカーテンなのか部屋の中なのかは判断が付かない。

「ん、」

誰もいないはずの森の中、一人足を進めるディーノの周りで葉っぱの擦れる音がした。それはガサガサと音を立て、次第に近付いてくる。動物にしては迷いなく近付いて来ている様にも思える音。ならば――

「なにしてるの」

人なんているはずないのに。ディーノがそう思ったのと同時だった。ディーノは後ろから声を掛けられた。それは聞き間違えるはずもない人間の、ヒトの声だった。
慌てて振り向けばそこにはディーノと同じように人が立っていた。予想外の出来事に焦り状況が上手く飲み込めないディーノだったが、反対に目の前の人物は酷く落ち着いていた。それも不思議な感じだった。よく見れば目の前に立つ少年は自分よりも幼い。

「言葉が分からない?」

少年のその言葉でディーノは彼の喋る言葉がこの土地のものではないことに気が付いた。またこの国のものでもない。彼は間違いなくイタリア語ではなく日本語を話したのだ。少年が一歩ディーノに近付くと、見えていなかった顔が月明かりに照らされた。
その顔はこの国の特徴を持っていなかった。漆黒の髪に同じ色をした双方の瞳、彼の言葉から少年は日本人なのだろうとディーノは予想する事ができた。

「イタリア語で話そうか?」
「あ、いや」

あまりにも黙ったままでいると少年はディーノにさらに近付いて言った。遠い異国の地の言葉を理解していない訳ではなかった。幼い時に家庭教師をしていたリボーンは少年と同じ様に日本語を話していたし、ディーノもそれを身につけさせられた。同盟のファミリーにはジャポーネの人間も多いからだ。
幼いスパルタの日々に少しだけ感謝をしていると、また初めと同じ台詞を投げかけられた。

「えーと、あー…」

罰ゲームだ、なんて素直に答えられなかった。もしも少年がこの森に住んでいるのだとしたら、自分の住む場所を罰ゲームにされているなんて知って、気分がいいはずがない。かと言って素直に答えて大人の癖に、と馬鹿にされるのもディーノにとって気分のいいものではない。

「もしかして迷子かい?」

少年は酷く落ち着いた態度を取っていた。見た目からして年齢は十代そこそこ、ディーノからしてみれば年下に見える少年であったが、その話方はあまりにも年不相応だ。まるで年上と話している様な感覚さえする。

「まぁ…そんな感じか?」

ディーノがそう答えると少年は呆れた様子で溜息をついた。きっと戻れないなら入って来るなとでも言いたいのだろう。濁した言い方に自覚のなさを感じて余計に呆れたのかもしれない。
少年は言葉だけでなく態度も大人びていた。本当はディーノより年上なのかもしれない、こんな森の中で暮らしているのだから。それも多分一人で、だ。ディーノは少年の姿を上から下まで見つめる。そうしてやっと違和感に気が付いたのだった。
ディーノは長年この地を統治するマフィアのボスであり、自身が十代目を継ぐ前からこの場所で生活のほとんどを過ごしてきた。街の人とは大抵顔馴染みだ。それなのに一度も見たことのない相手に会うなんて変なことだった。確かに街の全員の顔を覚えている訳ではないが、目の前の少年の様に珍しい色を持つ東洋人はなかなかいない。そんな珍しい存在を全く覚えていないのはおかしなことだった。覚えていなくても記憶のどこかにあってもいいはずだ。

「お前はあそこに住んでいるのか?」

見覚えがないとするならば、少年の住んでいる場所はこの森にある屋敷としか考えられない。ディーノは推測からそう結論を出して尋ねたのだった。


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