まだ君との運命は繋がっているだろうか、

Thank you for 関節の外れた世界

<<別れを告げる10題>>


■01.君への想いに、
付き合い始めたのは出会ってすぐのことだ。理由は単純、付き合って欲しいと言われたからだ。他人に好きと言われるのは嫌な気分ではなかったし、ディーノにそこまで大きな不満がなかったから。
不満があるとすれば彼が僕を構いすぎることと、相手をしないとうるさいところ。それ以外に気になる部分はなかった。僕を子供として扱うこともあったが、何よりも恋人として扱われるのは心地よかった。
だから好き、付き合って欲しいと言われて「いいよ」と返したのだ。ただし条件を付けて。

その1.僕のペースに合わせること

その2.学校では人目を気にすること


条件を付けたのは告白を受けた時点で、僕がディーノを好きかどうか分からなかったからである。好きか嫌いで言えば、嫌いじゃないけど好きかと言われればそれもちょっと違う。自分の気持ちが曖昧だからこそ、いつでも元に戻れるように保険をかけたのだ。
付き合い初めて約一年、やっとその保険を使う時が来たらしい。

「あなたとのこと好きになれなかったから、あなたとは別れる」

会話がなくなって、しばらくの沈黙を挟んだ後に僕は言った。予想してた答えだったのか、薄々気が付いていたのか、ディーノは僕が予想していたより落ち着いた反応をしている。

「そっか」

とただ一言、言っただけだった。
じゃあ今まで付き合わせて悪かったな、ディーノがそう続けて言ったことで僕とディーノの関係は終わりを向かえた。恋人から知り合いに戻った僕たちであったが、具体的な変化のない関係はいつもと変わらない日常のままだった。


■02.この世界に、
恭弥と別れた。といっても別れなんていつか来るだろうと思っていたし、思っていた以上にその別れが来るのは遅かった。だから俺は思っていた以上に、恭弥の言葉を冷静に受け止めることができた。
大人気なくわめき散らすこともなく、泣き叫んでどうしてだの別れたくないだの叫ぶこともなかった。考えて思ったが、流石に俺でも後者はやらないかもしれない。というか出来ない。どんなに好きだった相手でも、好きな相手だからこそ晒したくない情けない姿というものがあるわけで、これがそれに当てはまる行動だろう。
冷静に対処出来てよかった、今はそう安心することばかりだ。

でも別れのことを引きずっていないか、と聞かれればそんなことはない。出来ることならば恭弥の気持ちが偽りであったとしても、関係を続けたかった。ずっと恭弥の恋人である俺でいたかった。
けれど恭弥が俺のことを好きでないということなんて、かなり前に気が付いていた。だから俺は正直ほっとしたのだ。これ以上嘘の関係が続かないことに、恭弥が別れると言ってくれたことに。
恭弥の気持ちを知っていたのに別れたくなくて、嘘と知りながら続けてた。だからほっとしたのだ。

――これで終わりに出来る。

さようなら、そしてありがとう。命を絶つほどではないけれど、それに値するくらい苦しい。それぐらい愛してた。


■03.優しい日々に、
ディーノが並盛に来なくなって大体一ヶ月。その期間に気が付いたのは、草食動物の会話を耳にした時である。

「最近ディーノさん見ないね」
「あれでもへなちょこはボスだからな。暇じゃねーぞ」

並盛の住宅街を歩く草食動物こと沢田綱吉と、その家庭教師らしい赤ん坊の会話を見回りの最中に耳にしたのだ。
二人の会話で久しぶりにディーノの存在を思い出した僕は、別れた日から今日まで何日くらい経っているのかを考えた。このことを考えてなかったのは、僕に未練がないからだろう。
というか未練というものがあるはずがないのだ。僕はディーノのことが好きだったわけじゃないし、沢山くるメールや電話もうざいと思っていた。むしろ今の生活は快適だ。快適だからこそ存在を忘れていたのだと思う。


「連絡待ちですか、」
「…何が?」
応接室、机に向かって日誌を書きながら思考を巡らせていると、室内で書類整理をする草壁に話しかけられた。
その突然の内容に僕は何に対してか分からず、思うがままに答えたのだった。

「携帯を気にされてるようだったので」

(まさか)

僕はとっさにそう思った。僕が携帯を気にしてる? そんなことあるもんか、そもそも僕には携帯を気にする理由がない。静かになったって思って見てただけだ、決してあの人からの連絡を待っていた訳じゃない。
たまたまあの人を思い出すようなことがあったからだ。

「静かになったって思っただけ」

そう言って立ち上がると、草壁に戸締りを頼んで僕は玄関へと向かった。
クラス、学年、出席番号。毎年変わる靴箱の場所に唯一変わらないものがあり、そこが僕の靴箱だ。場所は去年と同じ、靴を取り出し上履きを靴箱の中に付けられた上の棚に置く。

(あ、)

左右上下誰も使用することのない場所だが、右隣の靴箱のほこりが気になる。何故ならそこは一ヶ月前までディーノが使用していた場所で、今はもう使われていない。全く使用されていない靴箱にくらべたらほこりの量は少なく、毎日使われてる場所に比べたら綺麗なその場所。
誰かが使った痕跡の残る靴箱が今日はやけに気になった。外に出ると寒くて、もうこの右手を温める人もいないのだとようやく僕は気が付いた。

あなたの優しさで溢れた日々とは、もうさよならしたのだった。


■04.恋した記憶に、
「まだ引きずってんのか?」

少しからかう様に言うロマーリオの声に、俺は眉間に皺を寄せる。それは今言われたくないことのトップ5に入る台詞だからだ。
恭弥と分かれてから一番人に言われるのが「なんで別れた?」と「引きずってんだろ」だった。本当に好きだったから、忘れるなんて出来ない。でも仕事に支障を出したくなくて、ましてやそんなことを部下に心配されたくなくて俺はそれを気にしないふりをしている。
それなのに定期的にこれを口にされ、俺はやめて欲しいという気持ちよりも、苛々の方が増していた。

「うるせーよ」

今は仕事もせっぱ詰まっておて、多分もう二日は寝ていない。そんな時にこんなことを言われ、苛々する俺はこの言葉以外に返す言葉が見つからなかった。
うるさい、煩い、五月蝿い。恭弥のことを知ってる奴は全員黙ってて欲しい。俺がどんな気持ちで別れたと思ってるんだ、どんな重いで「そっか」の一言を口にしたと思ってんだ。
俺自身が諦めきれないからこそ、誰にも口を挟んで欲しくなかった。誰にも干渉して欲しくなかった。思い出させないで欲しい。

でも本当は忘れたくなかった。好きになってもらえなかったということは、関係の修復はありえない。そもそもなにも壊れてない。始まらなかった一方的な片想いが終わっただけ、それだけだ。

疲れた。正直もう考えるのも疲れた。
恭弥のことを考えないことにも疲れた。
この仕事を終えても、疲れを癒す恭弥はいない。会えるだけでいいのに、それも出来ない。そう思うと仕事が億劫で仕方ない。終わりが見えなくなり、何がゴールなのかも分からない。

恋した記憶を忘れることが出来ない。


■05.臆病な僕に、
あれから携帯が気になる様になった。正確に言えば連絡が来ないかどうか、が気になっている。僕の携帯はほぼディーノ専用のものであり、頻繁に連絡を交わすのはディーノだけで他に連絡する人なんていないに等しかった。
報告とも言えるような委員からのメールがたまにあるだけで、個人的な要件でメールしたことがあるのはディーノだけだった。別れたばかりの頃は数時間おきに鳴る着信音や振動音がなくなり、快適さしか感じなかった。寂しさなんてものは縁がないと思っていた。
ところがどうだろうか。ディーノを思い出してしまったあの日から、僕はあの人から連絡がないのか気になってしまっている。

連絡がないまま二ヶ月が経過して、そろそろ日本に来てもいいんじゃないかとすら思い始めている。
今更好きと言いたいんじゃない。そうじゃない。ただずっと存在のあった人がいなくなって、まるで初めからいなかった様に気配がないのが気になってしまっているだけだ。
会いたいじゃない、元気にしてるか気になるだけだ。知り合いの顔を久しく見てないせいで気になるだけ、それと変わらない思いが僕にもあるだけだ。他人との付き合いを嫌った僕がそう思うなんてらしくないけれど、僕にそう思わせるくらいディーノには影響力があった。これはそうゆうことなんだと思う。

「寒い」
学校の玄関を出てすぐ、誰に話し掛けるのでもなく1人呟いた。はーっと息を吐けば白くなるくらい外は冷え込んでいて、上着から出た両手はじわじわと体温を奪われていく。
両手をポケットに入れると、右手の指先に携帯が触れた。取り出して開いてみるが、そのディスプレイは今も変わらない画面を映し出している。
もちろん着信を知らせる通知もなければ、メールの受信を知らせる通知もない。

「寒い」

答えてくれる人がいないのを知っているのに、また呟いた。どうしても呟きたかったのだ。呟かずにはいられなかったのだ。
本当は寒いだけじゃない、寂しいも感じはじめている。

こんな寒い日はディーノが手を繋いでくれた。
車に乗せて送ってくれることもあれば、ホテルまで連れて行ってくれてご飯を食べさせてくれることもあった。
そのまま泊まらせてくれることもあった。

それを受け入れていたのは嫌な気がしなかったから。嫌なんて思ったことがなかった。ただであれこれしてもらえるなら僕に損はない、そう思って拒まなかっただけだ。
しかし本当にそうだったんだろうか。

本当に?

「寒い」

静かな夜空に吸い込まれてく言葉。
世界には僕以外誰もいない様に静かだった。そう感じる様になったのは別れてからで、その理由に今更気が付いた。僕は好きだったのだ。
きっとディーノのことが好きだったのだ。

――自分の気持ちに気が付けなかった臆病な僕に、さよならを。


■06.血を分けた貴方に、
どうして人に言えない関係を選んでしまったのだろうか、ここの所僕が思うのはそんなことばかりである。言えない関係と言うのはもちろんディーノのことを示していて、僕が唯一家族以外の関係を持つ人である。
簡単に言えば恋人であるが、それには"元"という言葉がつく。それを過去のものにしたのは僕だと言うのに、ここのところこの結果に後悔ばかりしている。思うのは何故別れてしまったのかということと、ディーノに甘えるだけでなく、考えることにも甘えてしまったことだ。
別れる前に考えていれば、気が付いていれば。そうすればこんなことにはならなかったはずだ。
一年近く続いた関係の終わりはあっけなかった。

あの人に未練はないのだろうか。

何度そう考えたか分からない。頭の中ではいつだってその未練を辿って、連絡でも会いにでも来ればいいのにと思っている。むしろ来てくれないかと期待している。でも同時に思っていることもあるんだ。
あの人は大人で、子供っぽくっ振舞うことはあったけれど、一応はファミリーをまとめるボスで。ちゃんと切り替えの出来る人だということを知っている。そんなディーノが僕を選ぶなんて、もうありえないと思うのだ。

相談したくてもする相手がいなかった。家族に話せる関係でもなく、家族以外に話せるような人間はいない。僕にとって家族以外はディーノしかいなかったのだ。気兼ねなく甘えることが出来て、自分のことを話すことが出来る人はあの人だけだった。
家族だったらいいのにと思うこともある。家族だったら会いに行こうと思えば、すぐに会うことが出来て話せたかもしれない。でも家族だったら状況は最悪としか言い様がない。
同性ということが既に駄目だというのに、血が繋がってるとしたら家族は僕らを許さないだろう。
でも思うのだ。人間というのは、元を辿れば一組の男女から繁殖している。ならば今更血の繋がりを気にする必要はないのではないか、と。


■07何気ない毎日の中で、
慣れてしまえば何事もいつかは平気になる。とはいうものの、その慣れがやってくる速度というのは物事によってバラバラである。
そんなことが気になり出して結構な時間が流れ、俺はあと何日で平気になるだろうか。とそればかり考えている。一緒にいたのは約一年、ってところである。短いわけではないが、特別に長かったわけでもない。
イタリアと日本に居て、お互いが離れていることも多かった。それなのに忘れようと思えば思うほど思い出し、なにかある度に(恭弥だったら)と考えてしまう自分がいる。
酷く醜い未練は未だに俺を取り囲み離そうとしない。

そんな忘れられない日のことだった。久しぶりに日本に来いとリボーンから連絡があったのである。ちなみに来て欲しいでも、予定が空いててこれるならのどちらでもない。こちらに拒否権のない言い方だった。

(行きたくねぇなぁ)

支度をしながら俺は今日何回目になるか分からないそれを、頭の中で呟いた。ロマーリオくらいにだったら口頭で言えたかもしれないが、他の部下にこんなことは言えない。リボーンの無茶な発言でも、仕事は仕事だ。
仕事を自分のワガママで断るボスとも、ワガママを言いながら引き受けてるとも知られたくなくて。今日も俺は作られた笑顔でイタリアを出発した。

日本に付いてやっぱり気になるのは恭弥のことだ。今何しているんだろうとか、やっぱり変わらない日常を送ってるのかな、とか。
自分で考えてて悲しくなる。俺のことを忘れて気にせず元気にやってくれているなら嬉し。でも同時に悲しくもある。恭弥は俺のことを好きじゃなかったけれど、今更になって気が付いたでもいい。それでもいい。それだったらいい。
バカみたいにすがって泣きついてきて、好きだと言ってくれればいいのに。

車内の窓の景色が流れる中、俺はそんなことばかり思うのだ。


■08.離れたくないけれど、それでも俺は、
俺は死に別れた恋人であるかの様に、日本へ向かう道中で恭弥のことを思い出していた。別れてから日本を訪れるのはこれが初めてで、それをしなかった理由はやっぱり未練があるからだ。
あっさりと別れておきながら俺は気持ちの整理が出来ていない。今でも出来てるかどうかは分からないが、多分当時よりは落ち着いていると思う。あの時冷静に別れられたのだから、今回もまた同じ様に接すればいいのだ。
そう思っていても、願わないことを頭の片隅で願っていた。例え恭弥が一人であっても、誰かと一緒でも俺はどちらも見たくないのだ。現れたら見てしまうだろうから、出来れば来ないで欲しい。
あの恭弥が気まずいなんて思わないかもしれないけど、避けてくれるならば俺は救われる。未練のままに恋焦がれることをしなくて済む。

会わないことばかり願うのに、会いたいと願う。

本心を言葉にするのはもう手遅れでみっともなくて、きっと情けないだろうから恭弥のせいにする。恭弥がこうしてくれたら、恭弥から言ってくれたら。
相手に委ねて動こうともしない。俺はただ自分の都合のいいように祈ることしか出来ないのだ。


■09精一杯の笑顔で、
ディーノが日本に来ると聞いたのは、偶然でもなく赤ん坊が応接室に来て言い残していったからだ。言い残すと言うよりも、それだけを言いに寄ったとも感じられる。いつの間にか居て、相手をしてもらうといいと言って行ってしまった。
僕には何故彼がそう言ってきたのか分からないが、ただ単に僕のためとしてそう言ったのかもしれない。きっとディーノが日本に来なくなったことに、赤ん坊はもう気が付いているのだ。僕たちが以前の関係ではないことにも、きっと気が付いているのだろう。
恋人であることを口にしたことはないけど、ディーノがどうだったかは分からない。思い返せばそんなことも知らないくらい、僕は興味が無かったのだ。
一緒に居ることに心地よさを感じながら、それだけを必要として、それ以外に見向きもしなかったのだ。

なんて馬鹿なことをしてしまったんだろうか。

「っ、」

目からぽたりと雫が落ちてきて、机の上に小さな水たまりを作った。それは次から次へと増えて、書類にまで染みを作った。
泣くなんてらしくない。らしくないのに止まらなくて、後悔が溢れ出るようにそれは止まらなかった。

胸が痛むのは罰だ。締め付けられるような痛みは、自分が招いた寂しさだ。
涙が出るのは言葉に出来ないからだ。悩みを打ち明ける相手すらいなくて、言葉に出来ない変わりに涙になって身体の外に出て行くのだ。

もしも会えるかもしれないのな、精一杯の笑顔で会いたいのに、それなのに僕はただ泣くことしか出来ないのだ。


■10愛する君へ、
「はぁ…」

俺はつい癖に来てしまった並中の前で、深いため息を漏らした。
リボーンの用事なんだから、学校に来るよりもツナの家に行った方が確実だ。それなのに俺は慣れた足並みでここまで来てしまっている。しかも恭弥と会うと気まずいかなぁ、とまで考えてロマーリオは車の中だ。
きっとあいつには俺が恭弥に会いに来たと思われているだろうし、多分それに間違いはない。ただ理由の全てがそれじゃなくて、一割くらいだと思う。そうじゃなくてもそう思いたい。
メインはリボーン、恭弥はついで。会えたらラッキー。

(で、どうすんだ)

そんな風にラッキーを願いながら俺は応接室の前まで来てしまっていた。いやこれはもう偶然を装って、なんて理由は手遅れだ。確信犯だ。
恋人として別れてからは、知人に戻ったというのに会っていない。会う理由を作ろうと思えば作れた。でも今日までそれをしないでいた。どうしてか? 多分俺自身が、気持ちに線引きが出来るか分からないからだろう。
会ったらやっぱり好きだと思ってしまうだろう。やっぱり愛しいと思うだろう。そして愛しいからこそ触れたくなる。腕の中に引き寄せて、自分のものだと言わんばかりに抱きしめたい。

「うおっ」

そんな風にドアの前で一人悩んでいたら、ドアが開いてしまった。その向こうには当然部屋の主、恭弥が立っていて。

「ひ、久しぶり」

俺は声を掛けるが恭弥は驚きの方が大きいのか、目を大きく見開いたまま黙っている。次に出る言葉はなんでいるの、帰って、だろうか。考えるだけで冷や汗が止まらない。この先何を言ったらいいのだろうか、その焦りばかりが俺を埋め尽くす。

「ほん、もの…?」

本物かどうかなんて、俺の方が聞きたかった。一ヶ月以上会いたかった相手だ。もしかしたこの空間は幻覚で、俺はその幻覚の中で幻覚の恭弥に会っているのかもしれない。だってなんだか目頭がつんとするのだ。
久しぶりに会えたって、それだけなのに。やっぱり好きだと感じたそれだけなのに。それだけなのに、なんで俺は泣きそうになっているんだろうか。

「痛いだろ? 本物だよ」

でも泣けるはずがなくて、恭弥の頬をつねって笑ってやった。以前の様に、あの頃みたいに笑えている自信はなかったけれど。

……やっぱりこれは夢なのかもしれない。つねるなら自分の頬にすれば良かった。そしたら痛みの無さに、夢だと気が付けた。だってこれは可笑しい。こんな事が現実なはずがない。
恭弥が今目の前で泣いているなんて、現実じゃない。本物という言葉にこんな力があったなんて知らない。本物だったからといって、恭弥がこんな風になる理由を俺は知らない。

「来るのが遅いよっ」

涙で顔を濡らした恭弥がさっき想像したように胸に飛び込んできた。ますます夢かもしれないと思うのに、夢なのに恭弥には温度がある。やっぱりこれは現実なのかもしれない。
ぎゅうっと抱きつかれ、背中に回された腕は指に力が入り過ぎて痛い。
痛いから現実かもしれない。でもあり得ない出来事だから夢かも。俺自身も何がなんだか分からなくなっていた。

「遅いって、」
「あなたのこと、好きだって気が付いたのにっ…来るのが遅いよ、」

言い終わると同時に恭弥に引き寄せられて、初めて恭弥からのキスをした。その感触でやっと夢じゃないと、現実なんだと分かった気がした。それに答える様に、俺からもキスを返した。愛する君へもう一度、愛を誓ったのだ。

[ 7/56 ]
[] []

(←)




「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -