いつものあの場所で *♀

最近の夏は暑くなった、テレビでそんな言葉を目にすることも多くなった。もともと暑い夏が苦手な恭弥にとって、夏は好きな季節ではなく嫌いに入る部類だ。
今日はまだ夏には遠い5月半ば。それなのに日差しはすでに夏の兆しを見せていた。

(暑い)

屋上のフェンスにもたれかかりながら恭弥は思う。日差しはそこまで強いものではないが、遮る物が何もない屋上では直接日が身体にあたる。うっすらと汗をかいていることもあり、言葉にしなくても身体は暑さを感じていた。
恭弥が屋上にいるのには訳があった。それは昨日届いたメールに理由がある。

ディーノとメールアドレスを交わしたのは一方的所か、ディーノ自身が恭弥の携帯を使って自らしたことだった。そもそも恭弥は携帯を持っておらず、その必要性も感じていなかった。しかしディーノが携帯ないと離れた時心配、恋人と連絡ぐらい取りたいと繰り返した。
買いに行くのは面倒だよ、と告げれば次の時までにディーノは恭弥の分、とおそろいの携帯を持ってきたのだった。しかもそれにはヒバードそっくりのまんまるとした可愛いふわふわの鳥のストラップが付いていた。ディーノはただ携帯をあげても恭弥が受け取ってくれないということを理解していたのだ。
だからわざと恭弥の好みそうなストラップを携帯に付けておいたのだ。もちろん恭弥はそのストラップに興味を示し、捨てるのは勿体ないからね、と受け取ったのであった。

携帯を手にしてしばらく。恭弥はディーノに見られているとも知らずにストラップをジッと見つめたり、触ってみたり、果ては応接室に飛んできたヒバードと並べては始終満足げに眺めていた。

そんなことがあり恭弥はディーノの番号とアドレスしか入ってない携帯を持ち歩いている。そんな携帯に昨日メールが届いたのだ。相手はもちろんディーノでしかなく、内容は次に並盛に来られる日を示していた。
そのメールによればディーノは今日の昼過ぎ、丁度今の時間帯に来ると書いてあったのだ。

後ろで昼休み終了のチャイムがなる。校庭から急ぎ足で校内に入る何人かの生徒が目に入る。そしてしばらくした後に授業開始のチャイムが鳴った。けれどそんなチャイムを聞いても恭弥はこの場所を動く気はなかった。
雲雀恭弥は学校の規則と言ってもいいぐらいではあるが、自身は校内で行われることにあまりにも関係していなかった。授業は受けたい時に受けて、学年は好きな学年。風紀委員長ではあるがそれ以外のである雲雀恭弥は並盛に存在しない。
ディーノは何度か恭弥に授業のことを尋ねたが、何時だって恭弥の答えは決まっていた。関係ない、だった。

授業が始まると校舎は静まりかえる。それでもディーノはまだ屋上に現れなかった。

「ヒバリ、ヒバリ」

ディーノは現れない代わりに何処からか飛んできたヒバードが現れる。恭弥が両手を差し出すとヒバードはその上にふんわりと止まった。ふわふわの毛並みは少しくずぐったくなるくらい柔らかくて、そして気持ちよかった。片方の手の平に寄せて人差し指でくりくりと撫でてやると、目をつぶって気持ちよさそうにしていてその様子を見るだけで恭弥の胸は暖かかくなる。
ヒバードは本当に可愛いくて、その可愛らしさに恭弥の胸はいつだって締め付けられそうにきゅんとしてしまう。ヒバードの様子とその毛並みにたまらくなって、恭弥が頬ずりをすればヒバードも同じように動いた。
満足するまでやってからヒバードを離すとヒバードは気持ちよさそうに小さな二つの瞳を閉じていた。

「可愛い…」

そう恭弥が思わず呟きたくなってしまうほどヒバードは愛らしかった。それからはヒバードと屋上でディーノを待った。
ヒバードが目を覚ますまで恭弥は、一人空を見上げたり今ここにいないディーノのことを考えたりして時間を過ごした。ヒバードは目が覚めると恭弥の頭の上を飛び回ったり乗ってみたり、並中の校歌を歌ったりと自由に過ごしていた。
授業が始まってどのくらいの時間が経ったのだろうか、恭弥がそう思う頃には二度目のチャイムが流れていた。それは授業終了のチャイムでお昼休みから屋上にいる恭弥はすでに一時間ほどその場に居ることになる。

「暑いね」
「ヒバリ、アツイ、アツイ?」
「うん、」

恭弥が言えばヒバードは同じように繰り返していた。恭弥はフェンスにもたれかかるようにして立っているので、ヒバードは恭弥の前を旋回している。暑さのせいもあってなのか、ヒバードの回っている姿を見ていると目まで回ってしまいそうだった。
少し見ていると気持ち悪くなってしまい恭弥は俯いた。俯くと髪の毛が自分の顔を覆いそれだけでも凄く暑さを感じる。手すりの上で組んだ腕を見るとじわりと汗が浮かんでいた。それが汗なのか気持ち悪さによる油汗なのか恭弥はすでに分からなくなっていた。
目が回ったんじゃない、本当は暑さに限界を感じ始めているのだった。セーラー服の半袖は腕にうっすらと線を付け始めている。それは日に焼けてしまうくらい陽の下にいた証拠だった。ディーノを待ち続けて一時間以上。それも今日は今年最初の夏日なんじゃないかと思うくらいの暑い日だった。

「気持ち悪い」

そう口にしてしまうと恭弥の身体からは力が抜けてずるずるとそのまま下へ下がっていく。視界が歪んで空が見えて眩しい太陽が目に入って、目を閉じなきゃと思って閉じた遠くに待っていた人の声が聞こえた気がしたが恭弥の意識は戻って来ない。どこか遠くへ行く様に、深く深く沈む様に恭弥は少しずつ意識を手放していった。


「ん、」

気が付くとそこはもう屋上ではなかった。見慣れた天井が見え、恭弥はここが応接室だと知った。そして視界に入る金色の毛、それがディーノと気が付くのにそんなに時間は掛からなかった。くい、と掴めばディーノ反応を示す。

「恭弥大丈夫か?」
「大丈夫、多分」
「屋上行ったら急に倒れたんだぜ。ずっげぇ心配した」

ディーノと話している体勢から恭弥は自分の頭がディーノの膝の上にあることを知った。頭には冷たいハンカチタオルが乗せられている。きっとそれはディーノの用意したもので、恭弥の熱を下げるためのものだった。それももう温くなっていてディーノはそれを外して恭弥のおでこに手を乗せた。
ディーノの手はひんやりしていて凄く気持ちがよかった。火照った恭弥の顔にディーノの体温が浸透していく。

「恭弥なんか飲むか? まだ気持ち悪い?」

ディーノの手が気持ちよくて一度開いた瞼はまた閉じようとしていた。それをディーノは恭弥の体調からくるものだと思ったのか、ひどく心配した様子で恭弥を見て行った。

「もう平気。それよりこれ貸して」
「これ?」

ディーノが理解していないまま恭弥は額に乗せられていたディーノの手を掴んだ。恭弥の小さい手に比べて多くて少しごつごつした手は、少しにぎりにくかった。そのままディーノの手をディーノの膝の上に置き、恭弥は横向きになる形に向きを変えるとそこに頭を乗せた。
正確にはディーノの手を両手で挟むようにして、このまま寝てしまってもディーノの腕が、手がどこにも行かない様に。

「まだちょっと眠いから」

だめ? と見上げる恭弥にディーノは何も言えなくなってしまう。普段だったら突っぱねてばかりで中々素直にならない恭弥であるが、この時だけは普段から甘えているかの様に恭弥はすんなりとディーノに甘えてきたのだ。
可愛らしい目で駄目かと尋ねられて駄目なんて言えるはずがなかった。その可愛さに言葉は詰まる上に心臓はばくばくと音が出そうな程に高鳴る。それにもし駄目と言ってもそれは恭弥には意味をもたらさないことをディーノは分かっていたのだった。
恭弥はやりたい時にやりたいことをする性格なのだ。

「これからは暑くなるんだから、暑い時は中にいていいんだぜ」
「だってあなた待ち合わせ場所を書かなかったでしょう?」
「それでずっと屋上にいたのか? ごめんな恭弥、無理させちまって」

ディーノは自分の膝の上で横になる恭弥の頭を撫でた。恭弥が熱中症になってしまうくらいなら、ちゃんと待ち合わせ場所や正確な時間を知らせてあげるべきだったのかもしれない。そうすれば倒れることもなかった。それにあの時丁度居合わせなかったら恭弥は倒れたまま屋上に放置されていたかもしれない。
倒れた時にたまたまいたからすぐに恭弥を運び出してあげることが出来、そして涼しい場所でこうして看病してあげることができたのだ。もしもこれ以上悪い事態になっていたとしら…そう考えるだけでディーノは不安で不安でしかたなくなった。
恭弥にもしものことがあったら携帯を与えた意味はなにもない。自分が持たせることを強要させたのに、意味を成さないものになってしまったことが悔しかった。

「違うんだよ」
「…なにが?」
「待ってたのは僕の意思だよ。僕があそこで待ちたかったの」

ディーノからのメールは今までだって待ち合わせ場所が書いていなかった。それは今までに何回もあったことであり、何も今日が初めてのことではなかった。ただディーノを待っている間に倒れたのが初めてということだけなのだ。
だから恭弥はディーノにそんなに悲しい顔をして欲しくなかったし、心配させたかった訳ではないので心配して欲しくなかった。せっかく会いに来てくれたなら、大好きな笑顔でいつもみたいに笑って欲しかった。

待ち合わせ場所なんていらない。いつだってあなたと会う場所は決まっているから、僕はそこであなたを待ちたかったんだ。

いつもの、あの場所で。


迷惑を掛けてごめんねディーノ、もっと素直になれたらいつかはそう言ってあげるね。だけど今はもう眠いからおやすみなさい。


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