古い約束 *♀
名前も顔もはっきり思い出せないのに、記憶の中にずっと忘れられない人がいる。記憶の中のそれは僕にとって嫌なものではなく、多分好きに入る方だ。何故なら僕の好きの基準はそこから来ていて、好きがその記憶に詰まっているからだ。
名前も顔もあまり覚えてないのに、よく笑ってたことは覚えている。多分日本語は話せなかった。子ども同士特有のなんとなく分かる、そんな雰囲気で一緒に遊んでいたのだと思う。…多分。
多分遊んいた相手なんだと思う。
度々思い出す記憶の中の小さな子供。
きらきらと光る髪の毛が特徴的で、あちこちに跳ねた髪はなにか綺麗な欠片を零していそうだった。
触りたくて、手を伸ばせば屈んでその髪に触れさせてくれた。
想像以上に柔らかいその感触を僕は今でも覚えている。
◆
「お前が雲雀恭弥か?」
普段であれば恭弥の見知った人間、許可した者しか入ることを許されない応接室。そこにお構いなしに乗り込んで来て、そして突然の勝手な質問。自分のテリトリーに土足で踏み込んで来た男を、恭弥は流した視線で見上げた。
「…あなた誰、」
一目見た瞬間。恭弥は自分の記憶の中にいる、ある人物の記憶を思い出した。
(似てる)
そう感じたのは確かなことなのに、出た言葉は相手に合わせた言葉だった。問えば男は勝手に名乗り、勝手に要件を告げた。これが雲雀恭弥とディーノの出会いであり、不確かな再会の瞬間だった。
*
「よっ」
「また来たの?」
それから度々やって来るディーノ。今日も勝手に応接室へと入って、恭弥に聞くこともなくソファーへ腰をおろした。
ディーノの当初の目的は指輪戦の修行だったはずなのに、それが終わっても変わらぬ様子で並盛に来る様になった。ディーノの自由すぎる振る舞いに恭弥は眉間の皺を濃くしたが、慣れた状況に文句を言うのをやめた。
来るなと言っても意味はなかった。理由を聞いてもいつだって大した理由はなかった。だから恭弥の中でディーノがソファーにいることは慣れた状況になってしまい、追い出す手間を掛けることはなくなっていた。
静かにして貰えるならいないのと同然で、邪魔さえされなければ部屋にいないのも同じことだった。
ディーノは応接室に来ると、決まって左側のソファーに腰掛ける。それも左側。誰が決めたわけでも、恭弥がそこを指定したわけでもないのに、定位置はいつもそこだった。今日もそこに座っており、今日は仕事の書類かなにかを眺めていた。
そんなディーノを見て、恭弥は今日も思うのだった。
(あの子と似てる)
ディーノがずっと記憶の中にいる子供に似ているのは、初めて会った時から気が付いていた。それでも恭弥それをディーノに確認したこともなく、ディーノもそれに関することはなにも言ってこない。それでも行動を見ていればなんとなくそんな気がしてならないのだ。
恭弥は言葉が少なすぎる程に少ない。それは自身も分かっていることであり、他人に多くを話す気がないからわざとやっていることだ。それでもディーノはそれなりに恭弥を理解しているし、時間だけでは解決出来ないくらい恭弥のことを分かっていた。
確かに他の誰よりもディーノが恭弥の傍にいた。それでも多くを喋らない恭弥から理解出来ることは、普通少ししかないだろう。疑問を持っていいことばかりなのに、ディーノはあまりにも疑問を持たずに恭弥の言葉を受け入れていた。
「ねぇ、なんで知らないふりをしてるの?」
それは突然の質問だった。応接室にディーノがいてもあまり話掛けることのない恭弥。ディーノは初めその質問が自分に向けられたものだと分からず、自分以外の質問の対象を視線で探した。
「あなたしかいないでしょ。あなたに聞いてるの」
「なんのことだ?」
「だから、なんで知らないふりをしてるの?」
質問を聞いなかったのか、そう感じた恭弥は同じ質問を繰り返した。しかしディーノが言っているのは質問ではなく、それが何に対して向けられたものかといいうことだ。誰に、なのかは分かっても質問の意図するものが不明のままになっている。
「知らないふりって、なにを?」
「本当は僕のこと知ってたくせに」
ちょっと拗ねた様な言い方にも聞こえる言い方をする。拗ねている訳ではないが、全くもって拗ねていない訳でもなかった。ディーノがなにも言わないこれは、ずっと恭弥の気になることになっていた。
「覚えてたのか」
「正確には思い出した、だけどね」
「忘れてるだろうなーとは思ってたけど…やっぱりかぁ」
「なにが言いたいの?」
恭弥が首をかしげると、ディーノは手招きをする。ソファーに来る様に促して、恭弥がやって来ると隣に座ることを促した。
「じゃあこうされたことあるのも覚えてない?」
言ってすぐ、ディーノは恭弥を抱きしめた。恭弥はディーノのことを思い出した、と言ったがそれは全てを忘れてたいたわけではない。ずっと記憶の中にいて、顔と名前が思い出せなかっただけだ。忘れてたというのはそれが夢なのか現実なのか、誰なのか。そうゆう部分だ。
「大きくなったら迎えに来るから、待ってて…だっけ?」
「は、」
「あなたがあの日、別れる時に言ったでしょ」
「んな、お、覚えてんじゃねーか!」
がばっとディーノが腕を伸ばすと見えなかった顔を向き合わせる形になる。ディーノが驚いているというのに、恭弥はどうしたの? といった表情だ。
あの日、それは幼い日の記憶の中の最後のディーノの出てくる日だ。行かないで、また会える? と泣く自分と困った顔をした金色の髪を持つ子供。それがディーノであり、お互いの幼い日の別れだったのだろう。
確信が持てなかったのはずっとこの最後の言葉に触れることを言って貰えなかったからだ。日本人が同じ色を持って生まれる様に、ディーノの国ではディーノと同じ色を持つ人は沢山いるのかもしれない。本当は似ているだけで別人なのかもしれない。
あの頃はなかった刺青が今のディーノの身体にはある。似ている様で違ったのだ。でも笑顔はあの頃の面影を含み、どうしても出会ってすぐとは思えないほどディーノは接しやすかったのだ。
恭弥が覚えている様に、ディーノも恭弥のことをずっと忘れずに覚えていた。恭弥とは違い名前も姿もはっきり覚えていた。だからリボーンの仕事を引き受け、遠く離れた日本までやってきたのだ。恭弥に忘れたれていたら、そう思ったことから出た再会の第一声。全てはそれがややこしくしていたことなど知りもしなかった。
「思い出した、とは言ったけど全部忘れてたなんて言ってないでしょ?」
昔の自分がした一大告白を、告白した相手から言われディーノの顔は僅かに熱くなっていた。忘れられているなら、もう一度少しずつ距離を縮めようと思っていたのだ。だから指輪戦が終わったあともこうして度々応接室を訪れては、恭弥に会いに来ている。
ディーノにとっては恭弥は幼い頃から変わらず好きな人。なにをするにも鼓動が早鐘を打つほどのことだったのに、今だってそうだったのに。恭弥は普段と変わらないままだった。
「恭弥ずるいって」
「なにが? …ねぇ、それよりさ」
「うん?」
「あなた何しに来たの?」
さっき抱きしめられた時には背中に回さず、ぶらりと身体の横に垂れたままだった恭弥の両腕。ディーノの首に絡ませ恭弥はいつもの質問をする。分かり切った答えを期待して言った。
「恭弥を迎えに来たんだ」
------
杏花様フリリク
本人様のみお持ち帰りOKです
[ 11/56 ]
[←] [→]
(←)