白百合たちの午后-2
10年前、恭弥は俺に告白した。当時俺は恭弥にも性別を偽り、ごく一部の人間にしか女であることを教えていなかった。そんな俺を男と思い、恭弥はその行動に至ったのだと思う。
好きになってやることが出来ない、そう言って終わらせるつもりだった告白は、そんな簡単な一言では片付かなかった。恭弥にとってその理由は曖昧で納得出来なかったのだ。それ以上どう断ったらいいのか分からず、自分が女であると言うことになったのはそのすぐ後だった。
「それがなに」
「いや、だから俺は女で恭弥も女だろ。恋愛は成立しないんだよ」
「なんで成立しないの?」
同性愛者は世間の中ではごく一部ではあるが、存在していないことはない。そしてマフィアの世界ともなれば、その比率は一般人の中に比べれば増える。しかしそれでもやはり差別の対象になりやすく、必ずしも受け入れられる関係ではない。
同性愛者に偏見がある訳でも、それをいけないと言うつもりはない。けれど恭弥の告白は受け入れられなかった。
「恋愛って言うのは基本的に異性にするもので、同性にするもんじゃねぇの」
「じゃあもしも同性を好きになったらどうするの」
その質問は答えにくい質問だった。俺は同性愛に偏見はないが、恭弥の気持ちは受け入れられない。では決して納得してくれないだろう。かと言って他にどう言ったらいいのだろうか。
他者の同性愛は構わないが、俺自身にそう言った感情を向けられても無理だと言うべきなのか。いや、これはやめといた方がいいだろう…。しかも間違えれば恭弥にトラウマを与えてしまうかもしれない。性別関係なく、好きと伝えた相手に無理だと断られるのはいい気分ではない。
「その気持ちは本物だって言えるか?」
そう言えば躊躇って、間違いかもしれないと言い出してくれればと思った。思った通り、恭弥は考え始めている。頭の中で感情の真意でも確かめているのだろう。
しばらくして恭弥が俺をじっと見つめる。そろそろ答えが出るらしい。
「分からない」
「だろ?」
あと一押しすれば、と思った時だった。続け様に恭弥が口を開く。
「でも分からないだけで、それがなんだって言うの」
「恭弥は俺が男だと思ってたから、好きかもしれないって思っただけなんだよ」
「あなたはさっきからそうやって、なんで受け入れもしないで勝手に終わらせようとするの? はっきり言いなよ。僕にこうやって言われるの嫌なの? 気持ち悪いの?」
今日の恭弥はよく喋る。俺はこんなにはっきりと意見を提示してくる恭弥と話すのは初めてで、その内容にもこの状況にも驚いている。はっきりと言えることは、恭弥は普段通り頑固だ。なかなかこっちの意見を受け入れようとしない。
それは俺も同じなのかもしれないが、俺はこんなところで生徒の道を踏み外させたくなかった。そう、全てはそれなのだ。恭弥が誰かを好きになったなら応援したい。でも今回のそれは応援出来ない。
恭弥はまだ中学生なのに、まだまだ子供だと言うのに、そんな少女の人生を俺がここで左右していいはずがないのだ。気持ち悪いとは、思っていない。でも嬉しいかと問われたら、それはすごくなんとも言えない。
駄目だと思うからこそ、受け入れてはいけないと強く思うからこそ嬉しいとは思えない。とは、だ。
「気持ち悪いなんて、思ってねぇよ」
「じゃあ受け入れなよ」
歯切れの悪い俺に対して、恭弥ははっきりとそう返して来た。
それから俺たちはお試しの意味も含めて付き合うことになった。なったと言うよりは半ば、強制的にだ。恭弥の恋人ごっことも思える様なそれに付き合ってやる代わりに、俺は1つの条件を出した。それはお互いに本来想いを寄せるべき異性に出会ったら、潔くそれを受け入れるということだ。
それは俺の場合であっても、恭弥の場合であっても変わらずに、だ。俺はこの時恭弥の気持ちは一時の熱だと思っていたので、ほとぼりが冷めれば相手が見つかると思っていた。恭弥に相手が見つかった頃、俺もそれとなく相手を見つけて別れればいいと思っていた。
その時はいつか、時間が経てばお互い正しい道に戻れると本気で信じていたんだ。
それなのに気が付けば10年という長い月日が経っていた。恭弥にも俺にも、まだ相手は見つかっていない。それどころか恭弥は条件を飲んでおきながら、この10年間相手を探す素振りを一切見せなかった。
いつだって俺のことばっかり考えて、まるで本当の恋人であるかの様に接してきていた。そんな恭弥に流される様にして、数年後には俺も恭弥と変わらずに恭弥を恋人の様に扱う様になっていった。
周りから見れば俺は男で恭弥は女。真実を知らない者からすれば恋人同士に見え、付き合っていることを公言しなくてもいつしか周知の事実になっていた。俺たちにはもう1つだけ付き合う上での条件があった。
それは互いに関係を公言しないこと。いつか別れる時のためと、いつか俺が全てを話す時のためにだ。
でも俺はもうきっと、恭弥のことを本当に好きになってる。恭弥が相手を探さなかった様に、俺だって相手を探してこなかった。最近になり、本当は女だと言うことを明かしたが、それに大きな意味はない。ただ自分を偽るのに疲れたことと、男でなければならない意味がほとんど無くなったからだ。
今更俺が女と知れたところで、仕事に支障は出ない。変わったのは恭弥と俺の関係が恋人ではなく、親友だと思われる様になったことだ。過度なスキンシップも女同士であれば仲が良すぎる様にしか見えず、恋人と思う者は減った。
恭弥はそのことに少しばかり不満を漏らしていた。すこし膨れた様子は出会った頃を思わせ、可愛らしくもあり愛しくもあった。
愛しいと、そう自然に感じるくらい長い時間が経ってしまったのだ。
今日、これから恭弥が会いにくる。仕事で訪れた国で見つけた紅茶が美味しかったらしく、お土産としてもって来てくれるらしい。他にも紅茶にあうジャムも持ってくるとか。それなら俺はアフタヌーンティーの準備をして待ってる、なんて答えたのは昨日の電話でだ。
キャバッローネの本邸には大きな裏庭があり、昔からそこにあるテラスで過ごすのが好きだった。季節ごとに変わる景色は俺のお気に入りであり、恭弥も今ではこっちにくる度にそこへ行く。
きっと今回もここでお茶をしようと言い出すんだろう。俺は恭弥との約束の時間までに仕事を片付け、給仕とシェフに頼んでお茶会の準備を進めた。あとは恭弥が来ればお終いといった時、恭弥は裏庭に現れた。
「やぁ」
「久しぶり、だな」
「そうだね。元気だった?」
数ヶ月に見る恭弥はなにも変わってなくて、変わってないその現実にこっそり安堵した。恭弥はきっともう、俺以外を選ぶことはないと分かっているのに不安に思うのだ。この関係が始まった頃にはいつか終わりが来ることを望んでいたのに、今はその逆だった。
「じゃあな、ボス」
「あぁ、じゃあ用があったら呼びに来いよ」
恭弥が来ると、ロマーリオは人払いをしては自分もその場からいなくなる様になった。その理由を尋ねたら、恭弥に女同士の話をしたいから2人にさせてくれと頼まれたそうだ。誰がいたって話の内容に気を使うことは無いのに、そう言ったのは多分2人きりになりたいからなんだろう。
2人きりになると、恭弥は隣に椅子を移動して、テーブルの下でこっそりと手を繋いだりする。見られてもいい様に、なるべく見られない様にそうするのだ。それはためなのかもしれない。
隠さなくてもいい、そう言おうと思ったことは何回だってある。もう恭弥以外を本心から選ぶことはないと、そう分かっている。それでもそれを言い出せないのは、こんな恭弥のちょっとした気使いが嬉しいからだ。
想われてるとそう感じれることが何よりも嬉しいからだ。
恭弥と過ごす時間に言葉はほとんど必要ない。今日みたいに、ただ2人で過ごすこともよくあった。新しく花を植えたとか、どの花が咲いたとか、ここでの会話はそればかりだ。
テラスから見える一面の花たちは今日も綺麗な景色を作り出してた。昨晩降った雨の雫が太陽の光に反射し、所々宝石の様に煌めいている。その景色は本当に綺麗で、二回と同じものはない。植物は日々成長し、景観は日々移り変わる。
それでも壊れて欲しくない、変わって欲しくないと思うのは常だ。俺と恭弥の関係と同じ様に、いつまでもこのまま続いて欲しかった。
祝福されない関係なのも分かっている。いけないことだって、きっと恭弥も今は分かっているのだろう。だから俺たち2人はいつでも元に戻れる様に、正しい道に戻れる様に逃げ道を残している。互いに戻るつもりなんて全くないのに、10年も同じことを続けている。
背徳的な関係でしかないのに、それでもこの繋がれた手を離したくなかった。好きだから、愛してるから。好きと言葉にすることは滅多に出来なくても、たまに言えればそれでいい。想い合っていればそれでいい。
2人であればそれでいいのだ。どこまでも堕ちていく未来しかなくても、今の俺たちには大切で壊したくないものなのだ。
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