素直になれない

冬の季節、それは恭弥にとって最も嫌いな季節でしかなかった。何故なら恭弥にとって夏の暑さをやり過ごすのは何てことないことだけど、冬の寒さに耐えることはかなり過酷を要するからである。

風紀委員会では他の生徒とは違う、伝統の古い制服を身につけるのが当たり前だった。そのため、恭弥は常にセーラー服を身に纏っていた。紺色の襟に赤いライン、赤いリボン、白地のシャツは少し短めで腕を上げると容易に肌が晒される。
その下にスカートというこの制服はブレザータイプに比べてラフで、暑い夏はとても過ごしやすかった。しかし反対に防寒性は悪く、上着といってもセーターぐらいしか着ることができなかった。
そもそも恭弥自身厚着をするのは嫌いで、上着は着ても一枚、これが限度だった。

だから恭弥は冬になると人知れず我慢ばかりしているのだ。学校に備え付けられている暖房は名ばかりで、大した暖を生み出すことはない。
よって校舎全体は、外気とあまり変わらない緩い暖かさに包まれる。それは応接室でもあまり変わりはなかった。生徒の入れ替わりが激しい教室に比べれば温かい、そんな程度なのである。
しかしそんな寒い冬にも最近転機が訪れた。昨年突然現れた自称家庭教師、ディーノは恭弥にとって冬に不可欠の存在となっていた。
それは現在ディーノが恭弥の家庭教師兼、恋人だからである。恭弥はディーノが尋ねて来ると応接室から人払いをする。大抵残るのはドアの外に念のために立たせておく草壁だけで、それ以外の風紀委員には校内や並盛でやれる仕事を与えていた。

つまり必然的に室内は二人だけとなるのである。

始めディーノはその二人だけの状況を楽しんでいたが、二人になったところで恭弥の行動に普段との差異は無いに等しかった。人払いをし始めたのはディーノが不意に恭弥の傍にいたり、接触を図ろうとするためだ。
ディーノは会いに来ればまず久しぶりだからと恭弥を抱きしめる。じっと座っていることなんて出来なくて、抱きしめたかと思えばキスを要求する。
恭弥はそれがたまらなく恥ずかしくて嫌だったのだ。受け身でも恥ずかしいのに、そんな姿を誰かに見られる何てとてもじゃないけど耐えられなかった。
けれど寒い冬の間だけはこの恥ずかしい行為を恭弥はあまり拒むことはしなかった。ディーノはいつも暖かさそうな上着を着ている上に、体温が恭弥に比べてかなり高いのだ。
隣に座るだけでも暖が取れるのに、恭弥の薄着を見ては「寒いだろ」と上着を貸してくれたり抱きしめたり。密着することの恥ずかしさは、温かい心地よさにいつもまぎれてしまうのだ。

そして気がつけば寝てしまっていることが多い。恭弥がいつの間にか寝てしまうと、ディーノはいつも恭弥が起きるまでじっと動かずにただ座っている。普段は決して見せることのない、安心して眠る恭弥の寝顔がディーノは可愛くて仕方がなかったのだ。
出来ることならば携帯でこっそり写真を撮りたいほどに。
しかし恭弥が起きない可能性はゼロではない。それに、撮った後で怒られる可能性もある。そして恭弥の睡眠を妨げるなんてできることならしたくなかった。だからディーノはいつも可愛い教え子兼恋人の可愛い寝顔をただ見つめているのだった。

そうしていつも安眠を手に入れている恭弥であったが、年末年始だけはその安眠を手に入れることは難しかった。年末、ディーノはイタリアでファミリーと年越しを目的とした大々的なパーティを毎年行っているのだ。
付き合いだしてすぐの一年目も二年目もそのパーティに来ないか、と恭弥は誘われたが、一度も首を縦に振ったことはない。
理由はもちろん”群れ”の中に入ることを自分自身が許せないからだ。イタリアでディーノと二人っきりで過ごせるならまだしも、言葉も分からないやたら大勢で騒ぎたがる人間の心理など恭弥には理解できなかった。
だから今年も恭弥はその誘いを断ったのだ。ディーノはパーティの日以外は恭弥のために時間を空けてくれるとまで言ったが、それでも恭弥は行く気になれなかった。

ディーノと最後に会ったのはクリスマスの日のことで、その日の別れ際にもディーノは恭弥をイタリアへと誘った。どうしても恋人と今年こそ年越しがしたいと。それでも恭弥の応えは”ノー”だった。
最後にディーノは「恭弥のケチ!」となんとも子供っぽい悪態をついて本国へ帰っていった。


それから学校は長いとも短いとも言えない微妙な期間の冬期休暇となった。普段は休みの日でも学校に通うほどに学校が大好きな恭弥であったが、さすがに年末年始だけは休みの日に学校に行くことはなかった。
他の風紀委員のことも考えてのことである。

休みに入って恭弥は日々こたつでごろっとしては眠り、目が覚めればテレビを付け面白くもない番組をただ流しっぱなしにする。
時折チャンネルを変えてみるが、すぐに飽きてしまう。飽きたら今度はヒバードに話かけてみる。なんともまぁ、自分でもびっくりするほどだらけた生活をしていた。


(こんなことならディーノについて行けばよかったかな…)


一日に何回かは思ってしまうこと。ディーノからの誘いは嬉しかった。けれどまだ、それにどうしても素直に甘えられない自分が恭弥の中にはいた。
恋人なら一緒にいたい、そう思うのにどうしても群れには行きたくなくて、誰かに見られているなんて落ち着いていられるはずもなかった。ディーノのことだからきっと、部下に自分のことを筋肉の緩みきった嬉しそうな顔で紹介するのもわかっていた。そしてそんなディーノが嫌いじゃないことも分かっていた。
でも、それでも、恭弥は頷いてあげることができなかったのだ。

「はぁ…」

恭弥の溜息は年末から増えるばかりだった。先程いつの間にか迎えた新年はなにもめでたくなかった。気がつけば思考はディーノのことばかり考えていて、会いに来てくれるのは三が日以降かな、と考えるだけでうんざりした。
今日は新年初日、つまりは元旦。ディーノに会うためには最低あと三日待たなくてはならないのだ。

「ヒバード、あけましておめでとう」

気持ちは全然めでたくなかったけれど、大好きなヒバードにはお祝いの言葉を言って恭弥はそのまま眠りについた。もちろんこたつで。


次の日目が覚めたのは肌寒さからだった。くしゅん、と一つ咳をして眠い目を擦りながら手探りでコタツのスイッチを探した。長いコンセントを伝ってスイッチを見つける。すぐさま『入』にしてこたつ布団を肩まで被った。
すると玄関のインターホンが鳴る。時計に目をやれば時刻は昼過ぎを示していた。元旦から誰かが尋ねてくる約束などした覚えはないし、郵便関係はありえなかった。

また、インターホンが鳴った。
二回鳴らされたが外は寒いだろうからと恭弥は居留守をすることにする。コンコンと扉をノックする音が聞こえたが、恭弥は聞こえないふりをした。
しばらくすると今度は携帯が激しい音を立ててなり始めた。恭弥の好みではないその着信音はディーノ専用のもので、それが鳴るということはディーノからの着信を意味していた。

「も、もしもしっ」

 慌ててこたつから這い出て携帯を探して電話に出た。

『恭弥? …あのさ、今どこいる?』
「今? 家にいるけど」

なんで? 、そう恭弥が続けて答え様とした時、玄関の扉をノックする音が再び聞こえて、その音は電話の向こう側からと玄関の両方からした。

『ここ開けてくれねぇ?』
「うちに来てるの…?」
『おー、外は寒いぜ』
「今開けるっ」

実は会いたくて会いたくてしょうがなかった人。我儘言って本当の気持ちに嘘をつて、強がったふりをしたせいで年越しは寂しくて孤独だった。会いたかった気持ちに急かされて肌寒いこととか、格好が部屋着のままとか何も気にできないまま玄関に走って行って、扉を開けた。

「あけましておめでとう、恭弥」

去年と変らない優しい微笑みでディーノはすぐ外に立っていた。寒い外を歩いて来たのか、上着の肩や首に巻いたマフラーには少しだけ雪が積もっていた。白い息をはく唇は少し血色が悪くて鼻は赤くなっていた。

「あけましておめでとう」

ディーノ、自分も名前を呼び返したかったけれどそれは少し恥ずかしくて、恭弥はディーノの名前は呼ばなかった。

「恭弥寝てた?」

ディーノは一歩近づいて恭弥の頭に触れて続ける。

「寝癖ついてるぜ」
「うそっ」

バッと音を立てて恭弥はディーノからすぐに離れて頭を押さえた。寝癖のことなど全く気にしていなかったし、そういえばと気がついた服装のことも全く気にしていなかった。
ハッとなって見下ろした自分の格好は首元が少し緩めで丈の長いシャツに、部屋着用のショートパンツといった格好だった。考えてみれば凄く肌寒い。そして凄く恥ずかしかった。

「し、閉めてっ中入っていいから」

近所の人にこの格好を見られてしまってないか急に不安になって、恭弥はディーノをひっぱって扉を閉めて鍵を掛けた。息をついて安心していればひやりと冷たい手があたる。

「つめたっ」
「あ、悪い。恭弥えろい格好してるから触りたくなった」

ぎゅっと抱きしめられて耳元で囁かれてどきっとした。振り向けば目が合って、そのままディーノの顔は鼻がぶつかるんじゃないかと思うほどに近づいてきた。
触れるだけ、重ねるだけの口付けをしてすぐにディーノは離れていく。じっと見つめる目にはなにもかもが見透かされていそうだった。その顔が格好いいと思ったことは数え切れないほどあったけれど、恭弥はそれを口にしたことはない。

「顔真っ赤」
「うるさいなっ」

そう言ってディーノの顔に手を押し当てて無理矢理離れようとしたけれど、それは叶わなかった。何故ならその後すぐにディーノにまた強く抱きしめられてしまったからだ。

「今年もよろしくな、きょーや」
「うん」

そう返して恭弥は、かがんでまでして自分をぎゅっと抱きしめるディーノの背中に腕を回した。
今年もよろしく、素直にそういうのはまだまだ恥ずかしいからまるでその行動が返事であるかのように。




おまけ

「恭弥ー、寒いから部屋入っていい?」

玄関入ってすぐの所で温かいディーノにぎゅうぎゅう抱きついて、自分ばかり暖を取っていると頭上から声を掛けられた。

「あ、うん。いいよ」
「じゃあお邪魔しまー…」
「やっぱ駄目!」
「へ?」

一度はいいと言った恭弥であったが、部屋の惨状を思い出して取り消した。ドアノブに手を掛けようとしたディーノの腕を掴めば、きょとんとした視線を返される。
部屋の中はここ数日、掃除所かゴミすら片付けていなくて、その生活の全ては誰がみてもこたつ中心だったということがわかる。女の子の部屋、と言うにはそれはあまりにも荒れ放題すぎて、恭弥は恥ずかしくなったのだ。

「今中汚いのっ」
「えー、気にしねぇよ?」
「僕が気にするの!」

五分でいいから待っててと言い残して、恭弥はなるべく扉を開けないようにして滑る様に中に入っていった。中は自分が思っていた以上に惨状が酷くて、とりあえずと思ってかき集めたゴミはゴミ袋をあっという間にぱんぱんにしてしまう。
ゴミ袋を室内に放置するのは好きではないけれど、外にディーノがいる状況では捨てにいけるはずもなかった。しかも捨てにいくなら着替えをしなければいけない訳で。

その間ディーノを待たせたままにしておくのは申し訳なかった。それに、ディーノ一人を部屋に残して行ったら、それはそれで問題が発生しそうで嫌だった。

「もういいよ」

そう声を出して扉の方に顔を向けると、ディーノは恭弥の許可なく既に扉を開いていた。

「恭弥って意外に生活能力ねぇんだな」

しかもそう言って笑っていた。

「違うよっ、これはちょっと面倒臭かったし一人だっただけで…」
「俺と過ごせなくて拗ねてた?」
「ち、違……くもないけど、」

ディーノと視線を合わせて会話をするにはもう何もかもが恥ずかしかった。とにかく穴があったら入ってしまいたい。

「けど?」

ちらりと視線をやれば、ディーノは凄く嬉しそうににやにや笑っていた。続き求めるように言葉を返されたけれど、ディーノの表情を見る限りそんなもの分かりきっている様子だった。

「……」

「恭弥、けど、なに?」


 (分かり切った言葉を聞くなんて卑怯だ。)


恥ずかしくて言いたくないのにディーノは恭弥に続きを求める。それも酷く優しい声で。紡ぎ出す言葉はなんてことない言葉なのに、愛しさは溢れ出ていた。

「あなたのことを考えたら何もできなかった」

目の前の可愛いくて愛しくて堪らない恋人をディーノは力一杯抱きしめた。


→2011[ありがとうと、よろしくね]



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