その線を越えたら

*+10

僕らの中には暗黙の一線の様なものがあった。それは出会った時には既に引かれていて、越えてはいけない一線なのだと分かった。けれど当時僕が思ったことは、今は踏み込んではいけない一線であって、いつかはその線の向こう側に行けるということだ。あの人のいる内側へ、一線の向こう側へと。
しかしあの人と出会って10年、一方的な家庭教師を経て師弟関係になり、同盟ファミリーということもあってズルズルと関係は続いていた。でもそれは単なる知人としての関係であって、昔程親しい仲ではない。
会えば言葉を交わし、多少の世間話もする。僕は昔のように子供っぽい態度を取ることもなく、愛想笑いもあの人にだけはしたりする。それはあの人が特別な存在だからだ。僕が初めて心を許した人で、初めて僕に踏み込んで来た人だから。
特別なことにあの人はとっくに気が付いているだろう。でもきっとそれは僕だけじゃなく、あの人も同じだ。多分同じだ。
あの人は誰にでも優しい様で、僕に一番優しい気がする。自惚れかもしれないし、単に僕が生徒だったからかもしれない。それでもたまに悪態をつきつつもそれを受け入れるのは、やっぱりあの人が僕の特別だからだ。

この感情の名前を僕は知らない。
10年も知らないふりをしてきたこの感情の名前を、僕はとうの昔に忘れてしまったのだ。

***

誰にも言ってはいないが、俺にとって特別な存在の人がいる。特別な人ということは部下には知られてしまっているかもしれないが、きっと俺の思う"特別"の意味を部下達は知らないだろう。俺は10年前、突然生徒になった恭弥のことをいつだって気にしている。
それは単に生徒だったからとか、心配だからとかではない。そんなのは表向きの理由で、本当の理由は"気になる存在に"恭弥がなってしまったからだ。ただの気になる存在ではないことにはとっくに気が付いている。でもそれは簡単に口に出来る様なことじゃない。
俺は多分恭弥に恋情を抱いている。多分、というのは認めたくないからなのしれないし、本当に確信がないからなのかもしれない。何故なら俺は男で、恭弥も男で、俺たちは同性だからだ。一般的に考えれば同性を好きになるのは可笑しなこと。
マフィアのボスにとってはあまり良い状況ではない。だから俺はその感情を認めたことはない上に、口に出したこともない。ただ自分の中で誰よりも特別な存在になっていく恭弥を想い、周りに気が付かれない様に接していくのが今の精一杯だ。

それでも時にふと抱きしめたいだとか、会いたいだとか思ってしまうのは、やっぱり好きだからなのかもしれない。
でもそう思ってしまうのには理由がある。恭弥も俺を特別視しているからだ。誰よりも早く恭弥のテリトリーに入り、誰よりも長く近くにいた俺には嫌でも分かってしまうことがある。それが恭弥の僅かな感情の変化と態度だ。
恭弥は昔程ではないが、今でも一定の距離を保って他人と接している。その距離は誰であっても変わりないはずなのに、俺の時だけは少しばかり違うのだ。会えば言葉を交わす程度の知り合い、それだけの関係なのに恭弥は俺に対しての距離が近い。それは実際の距離でもあり、心の距離も同じだ。
怪我はしてないか、風邪は引いてないか、今日は何の仕事で来たのか、ファミリーの話に交えて俺はプライベートに少し突っ込んだ質問をする。それに恭弥は嫌がる素振りや「しつこい」なんて言いながらも、いつもちゃんと答えてくれる。俺にだけは愛想笑いをする。機嫌がいい時は愛想笑いではなく、本心で笑ってくれる時もある。
恭弥は俺にだけは許している部分があるのだ。俺だけが近付いていい距離がある。

それでもこの感情から前に進めないのは、長く時間が立ちすぎたせいだ。もう何か大きなきっかけがなければ俺は前に進めない。

俺たちはこの関係を進めることは出来ない。


しかしそれは…もしも両想いなら、の話だ。

[ 47/56 ]
[] []

(←)




「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -