あなたと僕の距離 ♀

*年の差の幼馴染


少女漫画には埋められない差、なんてよく表されるものがある。それは主人公でもある女の子と好きになった相手の年齢だ。年上、年下を好きになればその年齢という差を埋めたいと思わせる場面が大体あるのだ。
もちろん同級生を好きになったりする場合もある、その設定はどれも自由だ。そしてその殆どの結末はハッピーエンドで、バッドエンドは少ない。しかし現実は後者の方ばかり少ないなんてことはない。現実は創造よりも残酷だ。

「くだらない」

恭弥は今日没収した物の中にあった少女漫画を箱に戻し、呟いた。今読んでいた少女漫画は、年上の先輩を好きになる少女の話だった。2年という年の差を気にし、それに悩む少女の恋愛の話だ。悩んでいるみたいな描写がありながらもそれは一冊で完結を向かえている。

(たった2年くらい)

恭弥がそれを読んで思った感想はその一言だった。たった2年くらいなにを悩む必要がある? 同じ学校という環境で少なくとも1年は一緒に過ごせるなら、そんな差なんて気にしなければいい。たった2年の差では身体の成長に悩む必要もない。
自分から見て相手が大人っぽく見える様に、相手からみて自分が子供っぽく見えるなんて言うのも2年なら対した問題ではないだろう。恭弥にとって2年という差は羨ましいものでしかなかった。自分の片思いの相手、自分とディーノに比べれば3分の1程度でしかないのだ。

*


近所に住むディーノのことを気になり出した時期ははっきりしていない。気が付いたら目を追う様になっていて、先に中学に入り高校に進み大学へ行ってしまう姿に距離を感じる様になった。
ディーノは7個年上の大学4年生だ。来年には社会人となり、その就職先の内定が決まったと聞いたのは最近のことだ。おめでとうという気持ちよりも先に、

(また、差が開いた)

そう感じてしまったのは長年の片思いからだ。社会人になれば生活のリズムは一変する。学生の恭弥と社会人のディーノでは年の差は7年のままでも、子供と大人の差は年々広がっていくばかりだ。まだ中学生の恭弥にとって、社会人は遠すぎる未来だ。

社会人になればディーノは今よりも忙しくなり、年の離れた幼馴染存在なんて忘れてしまうに決まっている。今みたいに度々暇を見つけては、家に訪ねて来るなんてこともなくなってしまうかもしれない。そうなってしまったら恭弥にディーノに会う手段はなくなってしまうのだ。
そうしたらもうずっとずっと、追いつけない。恭弥はディーノにこの先追い付くことなんて出来ないのだ。


*


「…僕はあなたに追い付けない」

母に頼まれた買い物の帰り道、たまたま居合わせたディーノと合流した恭弥は呟いた。二人並んで歩いていたはずなのに、その差は色々なことを考えているうちに結構な差が開いてしまっていた。数メートル先の背中のディーノを見て、それがこれからの距離に思えてしょうがなかったのだ。
恭弥が立ち止まればその差はどんどん開いていく。ディーノが気が付かないかぎりずっと、だ。

「あれ? 恭弥、どうかした?」

しかし途中でディーノは隣に恭弥がいないことに気が付いた。恭弥に声を掛け、今歩いて来た道を数歩戻る。

「ごめん早かった?」
「ううん」

首を横に振って否定した。俯いた恭弥の視線に買い物をした袋が目に入る。それは恭弥が母に頼まれて購入したものだったが、今はディーノは手に掛けられている。こうやってディーノが荷物を持ってくれるのはいつものことだった。
重いものはいつだって自分から持ち、歩幅の違う恭弥に歩みを揃えてくれるのもいつものことだ。ただ全てを人任せにするのが嫌いな恭弥を気を使って、少しだけ荷物を持たせてくれるのもいつものことだった。

「疲れちゃったか?」

ディーノは自分よりも背の低い恭弥に合わせ、少しだけ屈んだ。恭弥がこんな道の往来で立ち止まってしまうなんて、初めてのことだった。ディーノには何かを考えているのは分かったが、その内容までは分からなかった。ただ何かの不安を感じさせる表情から、それは悩みに近い何かなのかと言うことは分かった。
もしかして恋だろうか、恭弥に限ってあり得るのか? 少しばかり失礼な疑問がディーノの頭に浮かんだ。

「あなたはさ」
「うん?」

考え出すと今度は恭弥が話し出す。

「来年には社会人になっちゃうんでしょ」
「まぁ、そうだな」

だからといってそれが何だと言うのだ。人が仕事に就くのは珍しいことではない。もしかして恭弥は将来仕事をしたくないのだろうか。ディーノはすぐに考えるがその可能性は低かった。もしも仕事をしたくないのであれば、現在風紀委員会などやっていないだろう。
風紀委員会は委員会ではあるが、その仕事内容はまるで一種の組織の様なのだ。並盛には風紀という組織が存在しており、委員会はそこで金銭までも扱う仕事をしている。もしも恭弥が仕事をしたくないと考えているのであれば、こんな質問は出ないはずだ。

「それがどうかしたのか?」

分からないからディーノは尋ねる。

「僕はあなたと同じ場所には行けない」
「同じ…? 会社なら俺のとこだけじゃないし、恭弥は恭弥の行きたい所へ行けばいいさ」
「違う、そうじゃないよ」

話の目的が見えない。恭弥はディーノが思っている様な悩みではなく、別の悩みを抱えていたのだ。それはディーノの知らない片思い、というのが少し関係している。

「あなたが社会人になって、先に大人になっても僕はまだ学生だ。あなたにはもう追い付けない」

もう追い付けないのだ。ディーノが先に社会に出て、追いかけたとしても少なくとも3年は掛かる。もしも大学というのに進学したのならばそこからさらに4年。年の差と同じ差を追いかけなければ、ディーノに追い付くことは出来ないのだ。
この先7年もこの片思いを続けるのか、と思うとそれは凄く長く感じるのだ。そしてもしも7年経って同じ様に社会に出る様になって、それからディーノに想いを伝えた所で、手遅れになったりしないだろうか。恭弥が伝えた所でディーノには想う人がいたら、恋人がいたら、結婚なんてしていたら。

7年という差は幼馴染という関係では埋めきれない。

「あー…えーと、あのさ、」

恭弥が一人ぐるぐる考えていると、ディーノは何かを察した様だった。ディーノは恭弥の"追い付けない"という言葉に気が付いたのだ。もしかして恭弥は二人にある差、埋められな差を気にしているのではないかと。
しかしそれを気にしているのは恭弥だけではなかった。ディーノもその差を気にしていたのだ。だからずっと言わなかったことがあった。ずっと言葉にしないできたものがあった。

「恭弥がどう思ってるか分かんねぇけど、恭弥は追いつけるよ。俺に、というか俺が恭弥を待ってるからさ」
「どうゆうこと?」

待ってる、急にそんなことを言い出した真意が分からなかった。待ってると言ってもディーノは先に大人になってしまう。どうゆう意味で言ってるのは恭弥には分からない。

「これはもっとあとになってから言う予定だったんだけどなぁー」

ディーノはそう言うと1人少し照れ臭そうにし始め、空いた片手でがしがしと自分の後頭部をかいた。特に行動に意味があった訳ではない。これから言うことに対して発生する羞恥を紛らわせたかったのだ。

「あのさ」

ぎゅ、と突然恭弥の両手がディーノの一回り以上大きい両手に包まれた。繋いだ手から視線を見上げればもちろんディーノに目があって、そこに見える表情は少し照れている。

「俺は恭弥が好きだよ。だから先に社会に出ていわゆる世間では大人って言われるものになっちゃうけど、恭弥のこと待ってるから」

"好き"その一言を聞いたのに、ずっと聞きたかった言われたかった言葉なのに。恭弥の思考はディーノの瞳に映る、自分の姿に向かっていた。ディーノは表情がくるくる変わる。それなのに自分はこんな時もいつもと同じ表情をしていた。
恭弥が返事を返さないでいればディーノの表情はまた変わる。今度は沈黙が気まずそうになる。

「あなた、僕のこと好きなの?」
「今そう言ったんだけど…」
「だったら、嬉しい。僕もあなたのこと、す…すき、だから」

最後の方は声が凄く小さくなっていた。せっかくディーノが言ってくれたので、恭弥もそれに答えようとしたのだ。しかし想いを伝えるというのは本番になると予想以上にはずかしいものだった。ディーノみたいに躓くことなく言うつもりがそれは出来なかった。
しかもこの距離で顔を見られているのは恥ずかしくて、恭弥目一杯顔を反らして俯いた。きっと今は耳まで赤い。そして繋がれた手は熱い。


どうやらこの、埋まらない距離なんてなかった様だ。

[ 46/56 ]
[] []

(←)




「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -