ビコーズアイラブユー

出会ってから季節は進み、俺と恭弥の関係も少し進んだ。ついこの間好きだと伝えたら、俺たち二人は付き合うことになった。正直恭弥が受け入れてくれるとも、話を流さず聞いてくれるとは思ってもいなかった。
だから付き合わないか、という提案に恭弥が頷いてくれたのは嬉しかった。だから肝心なことをすっかり忘れていたのだ。俺は好きだと言って付き合ってくれないか、と言ったが恭弥の気持ちは何一つ聞いていない。
恋人という関係になったことに余裕を感じたのか、そのうち言ってくれるかと思っているうちに年末になってしまった。今年ももうすぐ終わる。クリスマスはファミリーのパーティーで恭弥と過ごすことは出来なかった。年末はまたイタリアに戻らなくてはいけない。が、年始すぐなら時間を取れそうだった。


「恭弥って年末年始ってどうするんだ?」
「どうって?」

今日は十二月二十七日。外は歩けば肌がピリピリと痛むくらい寒い日だった。幸い今日は雪が降っていなかったが、初雪は数日前にあったそうだ。
ディーノが今日訪ねてくる頃にはその形跡はなく、ディーノはその雪を見ることは出来なかった。ディーノの質問に恭弥は質問の対象を確かめる。応接室、向かいに座るディーノを恭弥は見つめた。

「何してんのかなぁって」
「…そうだね、大掃除かな」
「あ、あぁ、そっか」

ディーノは正直もう少し可愛い返事が来るかと思っていた。しかし返ってきた言葉は大掃除という、誰もが年末に通過しそうなことの一つだった。
思わずなんて返事を返したらいいのか分からず言葉に詰まる。聞いておきながら返す言葉を用意してなかったのだ。大掃除と言えば内容は大体予想がつく。話を発展させることが出来なかったのだ。

「あなたは」
「へ、」
「あなたはどうなの?」

この先の会話に悩んでいると、先に恭弥が口を開いた。それは普段滅多に他人に興味を示さない、恭弥からの質問だった。またしても予想外のことにディーノは言葉を詰まらせた。

「仕事とか」

ディーノが言葉を詰まらせていると、また恭弥が口を開く。答えやすい様に質問の対象を絞ったのだ。ディーノは気が付いていなかったが、この時恭弥は緊張していた。以前だったらこんな質問絶対に聞いたりしなかった。
しかし仮にも今は恋人という関係になった。好きと伝えたことはなかったが、恭弥はちゃんとディーノのことを想う気持ちがあった。恭弥も同じ様に知りたいと思ったのだ。
ディーノと同じ様に、ディーノは年末年始何をしているのか。クリスマスは二人で過ごせなかったので、その穴埋めはしてくれるのか。

「普段よりはゆっくり出来るかな。イタリアはそんなに長く休んだりしねぇけど、こっちは違うんだろ?」
「そうだね。年が明けてしばらくはゆっくり出来るかな」

”それなら、一緒に”

互いにそれを思うのにどちらもそれを口に出来なかった。ディーノは先ほどと同じ様に返事をして、恭弥も変わらずの反応をする。恭弥はディーノにどこまで言っていいのかがまだ分からなかった。
恋人と言ってもその恋人という関係こそが初めてで、一体何をしたらいいのかも分からない。はじめに恭弥はそれをディーノに尋ねたが、ディーノはしたいことをすればいいとしか答えてくれなかった。
したいことをすればいいと言うことは、我儘を言っていいことなのか。それが恭弥の踏み出せない一言だった。本当はクリスマスだって一緒に過ごしたかったのだ。けれどそれは叶わなかった。メールのやり取りは何回かするものの、顔の見えない相手の言葉は信用性に欠ける。恭弥はその理由でメールが好きではなかった。
国際電話になってしまっても、本当はディーノに電話をして欲しい。けれどそれも言えずじまいだ。

「あの、さ」

恭弥があれこれと考えていると、ディーノが口を開いた。恭弥は急に真剣な視線を向けられ驚いた。

「新年になったらすぐこっち来るから、そしたら一緒に過ごさないか?」
「いいよ」

恭弥の待っている言葉はすぐにやって来た。もちろん断る理由などなかったので、恭弥はすぐに頷いた。連絡をくれたらあなたのホテルに行くよ。そう告げて恭弥は応接室のソファーから立ち上がる。

「それじゃあまた来年」
「ちょ、おい! 帰るのか?」

恭弥の突然のことにディーノは慌てた。付き合い始めてまだ少し、ディーノには恭弥の考えがまだあまり読めない。分かりやすいのは怒っている時くらいで、他の感情はほとんど分からなかった。いつも恭弥の性格なら推測するしか出来ない。
今の行動は――嫌がられてはない…? いつだって多分ということが前提だ。恭弥はディーノを惜しむことなくさっさと応接室から去って行った。
今年最後だったんだけどなぁ、とディーノが思っても恭弥はもう目の前にいない。廊下に出てみるともう随分と先を歩いていた。すぐに角を曲がって見えなくなってしまった。

(やっぱり合わせているだけなのか)

はじめから感じていた言葉がディーノの頭に浮かぶ。恭弥の行動だけじゃディーノには分からないことばかりだ。好きなのは自分ばっかりで、そのうち言ってくれればいいやと思っていた言葉はまだだ。
このままだと好きになってくれるのかも分からない。恭弥が今何を思って一緒にいてくれるのかディーノには分からないのだ。二人でいる時間や、修行をしない日が増えてもそれだけだ。
肩書きは師弟、先生と生徒から恋人に変わっても、ほとんどのことが変わっていないのだ。一方的に抱きしめることはあっても、キスはまだしていない。
不安を残したままディーノは日本を去り、年越しを向かえてしまうことになった。



新年になりイタリアはすぐに普段の生活が始まる。ディーノは恭弥と約束した様に、すぐに日本にやってきた。空港でホテルに着くだろう時間を恭弥に連絡した。するとホテルに着いてすぐに恭弥はやって来た。ロマーリオに案内されたのか、ディーノの個室に直接だ。

「あけましておめでとう」

ノックの音でディーノが扉を開くと恭弥はすぐに言った。ディーノがおめでとうと言う間に部屋に入り、寒いからと扉閉めることを促す。

「外寒かっただろ」
「うん」

恭弥を見ると鼻の頭が赤くなっていた。外は相当寒いらしく、外から入ってきた恭弥の身体は少しの冷気を室内にもたらした。赤くなってる、とディーノが恭弥の鼻に触れると、それは思った以上に冷たくなっていた。

「氷みた…え?」

氷みたいだ。そうディーノが言おうとした時だった。年末から続く予想外の出来事は、新年にも続いていたらしい。ディーノは今の状況が全く飲み込めていなかった。恭弥がディーノに突然密着してきたという状況に。服の裾をぎゅうっと掴み胸元に頭。その顔は見えない。

「きょ、恭弥?」
「寒かった」
「そ、そうだよなー、冬だもんなー」

ディーノは平静を装えない。恭弥の突然の行動に早鐘を打つ心臓。ドキドキと音が聞こえてしまいそうで、同時に言葉も行動もギクシャクしてしまう。寒かったよなー、と笑いながら恭弥をさすってやるのが精一杯だった。
本当は恭弥が抱きついてくれたなら力一杯抱き締める予定だった。しかし実際はそうはいかず、くっついてるだけでどうにかなってしまいそうだった。嬉しい、その一言につきる。

「っ…、」

さすってやれば、ゆっくりと恭弥の手がディーノの背中にまわされる。きゅっと少しだけ服を引っ張られるのを背中に感じ、ディーノはいよいよパニックになる。これはどうゆうことなのだ。

「恭弥、」
「さむい」

恭弥は顔を上げようとせず、それだけを口にする。寒いならシャワーでも、一瞬考えてディーノは口にするのをやめた。それは恭弥の真っ赤になった耳が見えたからだ。その原因はおそらく外が寒かっただけではなく、それ以上に赤みを帯びていた。

「そっか、そうだよな」

その耳を見ていると、ディーノの心は大分落ち着きを問い戻していた。自然に恭弥の背中に手をまわすことが出来、空いた片手は恭弥の頭に向かう。目一杯恭弥の頭部に首元を寄せ、そのまま抱き締めた。

「寒かったよな」

うん、とは言わなかったが、言葉にする様に恭弥はディーノにさらに擦り寄った。ぴったりとくっつくくらいに近付いて、抱き締め合えばそこから体温が移って行く。冷たい恭弥の身体に温かいディーノ。二人の体温がじんわり溶けて混ざってゆく。

「恭弥、俺のこと好き?」
「…うん」

恭弥の感情を読み取るのは難しい。それでも恭弥は興味を持たない相手には目もくれず、嫌いな相手ならば一緒にいるなんてことは絶対しない。こうして二人でいられるのは気持ちがあるということであり、それは今恭弥が返事した通りだった。
一緒にいてくれるのは理由があったのだ。すき、という理由が。



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