もうすぐ冬が来る


「う〜さみ、」

ぶるっと身体を震わせてディーノは自身を抱きしめるようにして暖を求めた。さすった腕からは微かな熱が発生する。しかしそれは大したものではなく、すぐに暖は冷たい空気へと解けていった。
通い慣れた校舎、応接室までの道のり。今日こそは転ばないために、そう思うディーノはゆっくりと足取りを進める。

「きょーや、」

ガラリと音を立てて扉を横に引いた。中を見れば部屋の奥、目の前の机に恭弥は座っていた。顔を合わせて思わずその名を呼んでしまう。
ディーノは自分の顔が緩むのがとてもよく分かった。

応接室は不思議な空間だった。日本に来てここに来るとすごくほっとするのである。それはやはり恭弥がいるという大きな要因が関係している訳ではあるが、それ以外にもディーノには安心する何かがあった。

「ねぇ、寒いから閉めて」

顔でふいっと目的の物を示す。ディーノは恭弥の言うことが扉の事だと気付き、冷気の入り込む扉を閉めた。こうして応接室内の暖かい空気が外へ逃げることは無くなった。
恭弥はまたディーノから視線を外し見ていた書類へ視線を落とした。

「きょーや、寒い」
「あなたのせいで僕も寒いよ」

恭弥の元へ近づいたディーノに恭弥の冷たい視線が突き刺さる。ほんの少し頭をずらして上げられた視線は片目しかディーノに届いていなかった。けれど普段とさほど表情に代わりは無いのに、その視線にはとげが含まれているようだった。
ごめん、ディーノはそう呟いた。

本当は今目の前にいる久しぶりに会う恋人に触れたかったのだ。寒いというのもあったが、単純に愛しいという感情もあった。むしろそっちの方が大きかった。
しかし恭弥の視線は冷たくていきなり機嫌を損ねさせるという大失敗を起こしてしまったのだ。今日は触らせてくれねーのかなぁ、そんな事をぼんやりとディーノが考えていると目の前には顔があった。

恭弥の顔だ。

数センチ先、かがめば接吻のできる距離だ。

「な、なんだよ…」

じっと恭弥の視線はディーノをとらえる。恭弥が黙って行動するときは決まって不可解な理由があり、いつもディーノは普段の倍思考を巡らせなければならなかった。
今の恭弥が何を思っているんだろう、何を考えているのだろう、と。

「考え事してたでしょ」
「へ?」

言われたことは頭の中には予測されていない言葉だった。
まさかこんな事を言われるとは思ってなかった。そして何がしたいのかいまいちディーノには理解できなかった。

「ねぇ寒い」
「ごめんって…」

ディーノはむっと眉間にしわを寄せる恭弥に苦笑いで言った。過ぎてしまった事なんてどうにもできなくて、ただ謝ることしかできない。

「ねぇ寒いよ」

恭弥はディーノの上着の裾を掴んで俯いて言った。
その姿はなんだか弱々しくみえて、とても愛しさがこみ上げた。きっと今下を見てる恭弥は不機嫌な顔してるんだろうな、ディーノはそうだと思っていた。
けれどそんな恭弥でも怒られてでも触れたいと言う気持ちがディーノにはあった。触れられる数センチ先にいるのに触れられないなんて嫌だった。滅多に会えないのに、滅多に声も聞けないのに。

「じゃ、入る?」

半分冗談で言ったつもりだった。上着の前を開けてにこにこと笑顔を向けて。
恭弥が嫌がって絶対しないのなんてわかっていた。でもたまには恭弥の方から甘えて欲しかったのだ。

「うん」

今、恭弥は、何を言った、だろうか。

確認するよりも前に弱い力ですがりつく腕が今の状況を説明していた。返事を返して恭弥はすぐ抱きついてきたのだ、それも自分から。

「あなた充分暖かいよ」
「きょ、恭弥っ?」

思わず声がうわずってしまう。胸にぴったり顔を押しつけられていて表情は分からないが、その声から怒ってないということだけは分かった。

「もうすぐ冬になるから、そしたら暖房が必要だよ」
「うん?」

ディーノには恭弥の言いたいことが分からない。

「だから、一度暖を捕まえたら離してあげないから」


それは恭弥からの初めての束縛の言葉だった。けれどその本当の意味を理解するのはもう少し後の事だ。


あなたは僕のゆたんぽ、だから離してあげない。
誰にもあげない。

僕だけのもの。


もうすぐ冬が来る。あなた無しでは過ごせないよ。

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