MELLOW LOVE *♀

*♀+10/妊娠/新婚





『恭弥、調子どうだ?』
「大丈夫。いつも通りだよ」

時刻はお昼過ぎ、ディーノはこの時間帯に必ず恭弥に電話を掛ける。理由は単純に恭弥のことが心配だからだ。心配というだけで毎日電話をして来るというのは、新婚だからといっても少ししつこいかも知れない。それでもその電話を恭弥が嫌と思わないのには、一つ理由があった。

ディーノと恭弥が正式な夫婦になったのは一年とちょっと前。籍を一緒にしてから恭弥はイタリアへと移り住んだ。それから少しして同盟ファミリーで挙式を行った。
イタリアンマフィアの中でもそれなりの大きさであるキャバッローネファミリーのボスと、同盟ファミリーの守護者の二人が結婚すると言うことで、初めは大きな挙式が計画されていた。
しかし二人ともどちらの組織にとっても重要な人物であるとなると、他のファミリーを呼ぶことは祝福以外にも不幸を招く結果になるかもしれない。その理由から計画はあっさりと白紙に戻された。
挙式のメインである花嫁が群れを嫌いだということも考慮して、式は互いのファミリーのみの招待で行われた。
二人の式は互いのファミリーにも幸せをもたらしたが、しばらくしてすぐ恭弥の妊娠が分かるとまたお祝いムードになった。この妊娠こそがディーノが電話をしてくる理由なのだ。
恭弥のお腹はもう誰が見ても妊婦だと分かるくらいに大きくなり、臨月を迎えていた。初めのうちは不安がって塞ぎ込んでいた恭弥だったが、さすがに臨月までくるとそこまでの不安はなくなっていた。

『なんかあったらすぐ電話しろよ?』
「なにもないよ」

ディーノは毎日同じことを言う。なにかあったら、気になることがあったら、すぐに、いつでも。誰よりも落ち着きがないのがディーノだった。ディーノの職場は本邸から少し離れた場所にあった。歩いて行くには少し遠く、近いのに近くない不思議な距離だった。だからディーノは毎日こうして電話をするのだ。
今日も繰り返された同じ言葉に恭弥は少し笑ってしまう。

『…笑うなよ』
「だってあなた毎日同じこと言ってる」

電話の向こうで少し照れながら眉間に皺を寄せるディーノを想像しながら、恭弥は言った。心配してもお腹の赤ちゃんが急に生まれてくることはなく、その時はまだ来ていない。予定日もまだ先である。

『だって心配なんだよ、恭弥』
「まだ先だよ?」
『予定はあてになんないだろ』

最近ずっとディーノはこんな風にそわそわしている。朝仕事をしに離れに行くときも、こうしてお昼の時間帯に電話して来る時も、そして仕事を終わらせて帰ってきた時も。
それから寝るまでそわそわして暇さえあればうろうろして恭弥がやめてというまで止めない。毎日これの繰り返しだった。

「それならそっちへ行ってあげようか?」
『そ、それは駄目だ!』

電話でもこうして落ち着かない様子なのもいつものこと。だから恭弥は言ったのに、ディーノはガタガタと大きな音を立てて断った。きっと驚いて立ち上がって椅子を倒したとかだろう。電話からはロマーリオの声がいくつか聞こえる。

「別にいいじゃない」
『駄目だ…! じっとしてろ!』
「じっとしてるのは身体に悪いんだよ? 毎日散歩もしてるし、お医者様も少し動く様に言ってたでしょ?」

恭弥がそう言えばうっと詰まらせた声をディーノは漏らす。ディーノは恭弥に何かあったら何かあったらと考えると不安で不安で仕方なく、できるならば動いて欲しくはないのだ。でも動かないのは身体に悪く、恭弥はディーノが離れに居ることをいいことに毎日敷地内を散歩しているのだ。
もちろんそれはディーノに言うとあれやこれや言われそうで恭弥はディーノに言ってないわけなのだが。

「心配しなくても大丈夫。あなたは数時間後には帰ってくるんだから」
『…なんかごめん』
「いいよ別に。自分より不安に思ってるあなたを見てると逆に安心するから」
『安心?』

恭弥の安心感はいわゆる怖い思いをした時の状況に似ていた。自分と一緒にいる相手が自分よりも大袈裟に怖がると、自分も同じように怖がっていたはずなのに途端に平気になってしまうのだ。その安心感に、恭弥の気持ちはすごく似ていた。
ディーノがあまりにも心配するのでその姿に呆れてしまい、出産に対しての不安がいつのまにか何処かへ行ってしまったのである。初めてのこと、ということに対しての不安はあっても妊娠したばかりの頃ほど思い詰めることはなかった。

「こんなに心配して馬鹿じゃないのって」
『えと、それは喜んでいいのか微妙だな』

電話越し、馬鹿と言いつつも恭弥の物腰はすごく柔らかい。そこにはもう昔の様な鋭さのある棘のある言葉はどこにもない。今はそんな風な言葉をディーノに向けることは滅多にない。逆にこんなに柔らかく言葉を発する相手もディーノだけだった。
もちろんそれに恭弥自身は気が付いているはずもなく、使い分けているつもりもなかった。

「喜んでいいんじゃない? でもね」

恭弥を不安にさせていない、逆に安心させている。その部分では喜んでもよかった。けれど恭弥がディーノに抱く感情はそれだけではなかった。

「あなたがこうしてお昼に電話をくれて、心配してくれるとね。逢いたくなるから嫌だよ」

本当は仕事をするためにほんの少し遠い所へ行って欲しくなかった。仕事なんてしなくていいよ、しないで、と言いたい日もあった。でもディーノはファミリーをまとめるボスで、出会う前も出会った後も付き合っていた時も、そして今もボスなのだ。そんな人を好きになって付き合うと決めたのも恭弥自身。
ボスじゃないディーノを好きになったのではないから、だから仕事を放って傍にいてなんて言えない。いつだって傍にいてなんて言えない。ファミリーの部下に任せないで、散歩の時はあなたが傍にいてよなんて言えない。

『恭弥、今日すぐ帰るから』
「うん」
『それまで待てる?』
「子供扱いしないで」
『うん、ごめん。もうお母さんになるんだもんな』

ディーノの言葉で今までふわふわしていたものが実感に変わる。お母さん、そう母親になるのだ。恭弥はそれを忘れていたわけではない。分かっていたのになんとなくでしか思っていなかったのだ。

「あなたは、お父さんになるよ」

自分だけ気付かされて、それでおしまいというのはなんだか負けた気がするので、恭弥はディーノにそう返す。自分が母親になるのなら父親が必要だ。自分にも、生まれてくる子供にも。

『そうだな。二人の子供だもんな』
「早く終わらせてね」
『分かった。じゃあまたあとで』



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