でもずっと前から想ってた *♀

※[言うには少し足りなくて]の続き




卒業式の日、呼んでもないあなたは勝手に僕の前に現れた。勝手に現れて偶然僕の下着を見てそれをネタに軽く冗談を言えばすごく動揺していた。そんな姿のあなたは珍しくて、そして可笑しかった。大人をからかうな、なんて偉そうに言った後は急に真剣な顔をしてあなたは僕に言った。

イタリアに来ないか?

と。それは随分と急な話で僕はもちろん行く気などなかった。けれど随分と真剣な顔で一緒に飛行機に乗って欲しいと言われ、人恋しいのかと尋ねれば恭弥が恋しいと返されてしまった。
一瞬思考回路が停止したのは言うまでもない。いつもいつもあなたが僕に愛だの恋だの言ってくる事はあったけれど、今日ほど真剣な表情をして言うのは見たことがなかった。だからそれが嘘じゃないていうのは分かったんだ。だけど僕はあなたが好きかどうかなんて分からなかった。
だって僕にはあなたしか経験がないんだ。
それなのに気がついたら僕はあなたとイタリアに行くことを承諾してしまっていたのだ。理由は飛行機が怖いというどう考えても嘘でしかないものだったのに。


「恭弥〜」

イタリアへとやってきて早一ヶ月が経とうとしていたそんな時、恭弥はディーノに与えられたキャッバローネ本邸の一室で一人本を黙々と読んでいた。この一室は客室として用意されたものらしく、内装はホテルのスイートルームのような造りとなっていた。
イタリアに来た当初は慣れない広い部屋と環境にとまどったものだったが、それも今や落ち着いてきている。恭弥は廊下で自分の名前を呼ぶ声を聞き読書を中断させた。閉じた本を近くの机に置いてやがて開くだろうドアに視線を移した。

「きょーや」

暫くして予想通りの声の主、ディーノがドアを開けてひょっこりと現れる。今日もディーノは柔らかい笑顔で部屋へと入ってきた。

「どうかしたの?」


この発言に自分は変わったな、と思う。日本を出る前に僕はこの人が僕の元へ来れば「用はないのに来たの?」ばかり繰り返していたのに、今はそう聞くことはなくなった。この人はとにかく用があろうがなかろうが僕に会いに来ると知ったからだ。
同じ建物の中にいれば今までより顔を合わせることが多くなるのは予測していた。だけど、

一日に何回も何回も会いに来るなんて予測してなかった。

暇さえあればその言葉しか知らないような子供の様に恭弥恭弥と繰り返し僕に会いにくる。鬱陶しかった。最初はそうだと信じていたのに何時しかそれは当たり前の事になっていて、身の回りが静かだと落ち着かなくなった。それほどにあなたの存在は僕の中で大きくなっていたのだ。
今日もそれは同じで、僕はそのよく分からない苛々を紛らわせるために毎日ひたすら本を読んだ。本を読んでいる間だけは内容に集中できて、その他の事なんて気にならなかった。


部屋に入ってディーノは恭弥の近くにおいてある本の存在に気がついた。その本は恭弥の暇つぶしに使われている物だろうと推測できて、まさか苛立ちを押さえる物として使われてるなどディーノは知っているはずがなかった。

「ごめんな、なんか相手してやれなくて」
「別にいい。仕事でしょ」

慣れない環境に恭弥自身は好む事はない群れの中、それも言葉も通じない空間。恭弥の相手が出来ないのはディーノ自身最も引っかかるところであり、その事実に酷く申し訳ない気持ちを感じていた。勝手に自分の我儘で連れてきてしまった愛しい人のことばかり考えいるせいで、ディーノの仕事は離れているときよりも早く進むと考えられていたが実際はそんなことなかった。近くに居るほど気になってしまう。今何してるんだろうとか、寂しがっていないだろうかとか、外に出たいとは思ってはいないだろうかと。

恭弥にも風紀委員として仕事があったようにディーノにはマフィアのボスとしての仕事がある。その事に恭弥は全く苛立ちは感じていなかったが、ディーノは恭弥は外に出られないことに日々苛立ちを感じ読書に没頭しているのだと考えていた。
でもそれはディーノの思ってる事でしかなくて、実際に恭弥が苛立ってる理由とは違っていた。恭弥自身名前の分からぬ苛々、それはディーノと話をしたりするをことで解消する事が出来た。

「でも恭弥機嫌良くないだろ?」

気遣うように頬へと伸ばされたディーノの右手に恭弥は顔を上へと向けられた。そんなことない、恭弥は答えた。
そう返したのにもかかわらずディーノの眉は八の時に下がったままで、じっと恭弥が見つめるとディーノは苦く笑った。無理に笑うように見えたその笑顔に恭弥はディーノは何を思っているのだろうかと不思議になった。
しかしそんな事も気にならない程頬から伝わるディーノの大きな手の温もりは心地良いもので、恭弥はディーノの手に軽く触れて頬をその手にすり寄せた。

「あなたの手って安心する」

恭弥は特になにも考えずにその時感じた事をそのまま声に出した。

イタリアに来てから恭弥が心から好きだと感じる空間は減っていた。並盛にいた頃は風紀委員長として活動していた訳ではあるが、風紀委員達は恭弥が群れを嫌っていることを知っているため群れで騒ぐ等と言うことは絶対になかった。しかしキャバッローネの人間は違っていた。とにかく何かがあればみんなで騒ぐのだ。
恭弥がイタリアに来た初日は歓迎会だとか言われて日付が変わってもおさまる事などないパーティをファミリーのみんなとした。もちろん主役のはずの恭弥は部屋の隅で始終不機嫌な顔をしていたのだが。
けれどもそんな表情をしていたせいでディーノは恭弥の心配ばかりしていた。ごめんな恭弥、そう言っていつもみたいに優しく気遣ってくれるディーノを見て恭弥の胸の奥がずきんと痛んだ。イタリアに来てディーノに謝らせたかった訳じゃない。せっかくディーノが楽しんでいるのに楽しめない自分、自分のことを考えてなのにそれを楽しむ事ができない子供な自分が恭弥は嫌になった。


その時は心の中でごめんなさいディーノ、と謝った。

口に出す勇気すらない子供でごめんなさい、と。僕がちょっと俯くとディーノはまた優しい声で心配してくれて、この人はどれほど僕の事が好きなのだろうかと涙が出そうになった。
だって僕は自分があなたを好きなのかすら分からないのだ。それなのにあなたの優しさに甘えて、応えるつもりなんてないのにあなたの手にすがった。
それから僕があなたを好きだと認識するのにそんなに時間はかからなかった。

歓迎パーティを終えて僕は一人用意された客室に入った。その部屋はとても綺麗な内装で、そして僕が飛行機に乗ってから長いこと求め続けていた静かな空間だった。それなのに、それなのにこの部屋は酷く静かに感じて落ち着かなかった。ベットに腰掛ければすごくふかふかな事に気がついた。
枕元を見れば明らかに僕のために用意したとしか思えない、少し大きめのヒバードによく似たぬいぐるみが置いてあった。触れてみればそれはすごくふわふわで触り心地が良かった。ふかふかのベットにふわふわのぬいぐるみ、それだけ満足できる要素があったのにその日僕は眠れなかった。
ずっと隣にあった温もりがなくなってぽっかり穴の空いた様だった。何度も目を閉じても睡魔は来なくて、時計を何度見つめたか分からない。時間が経つのはとても遅かった。
人恋しいのかなと思ってぬいぐるみを抱きしめたけれど、温かみのないぬいぐるみは睡魔を連れてはこなかった。それで部屋に入る前に言われた事をふと思い出して、駄目もとでディーノの部屋を尋ねた。何あったらこいよ、そう言われたのに僕には何もなかったのだ。
部屋に行ってノックをすればすぐにドアが開いて、眼鏡を掛けたあなたが出てきた。あなたは僕の存在に気付いて少し驚いていた。ちょっとして「何かあったか?」と尋ねられたけど僕は答えなかった。首だけをよこに振って意思表示すれば「寝れねぇの?」とすぐに別の疑問が投げかけられた。
それに僕はあなたはまだ寝ないのかと尋ねた。するとあなたはちょっと驚いて言葉をつまらせながら僕に言ったのである。

「もう寝ようと思ってるんけど、寝れないなら一緒に寝るか?」

と。
イタリア初日、僕は人恋しいという前代未聞の悩みからディーノと寝ることにしたのである。それは後にも先にも一回きりしかなくて、久しぶりに触れたディーノの手は何故か急にこの出来事を思い出させた。


「恭弥」

ディーノの手に頬が触れたまま恭弥は随分長いこと自分の世界に入ってしまっていた。名前を呼ばれてはっと目を開けると、恭弥は腕を掴まれ引き寄せられた。

「何、急に」

ぎゅうっと背骨は少し痛むくらい力強く抱きしめられる。ディーノが恭弥の身長に合わせるように少しかがんで抱きしめているために、恭弥はディーノの表情を見ることは出来なかった。ただ耳元で微かに呼吸音が聞こえることからディーノの顔が自分の肩口にあるのだろうということだけは推測できた。

「恭弥、」

もう一度名前を呼ばれ、それと共に深呼吸が一つ聞こえる。

「俺のこと、好きか」

やけに緊張した声音でディーノはそれを告げた。その緊張は恭弥にも感じ取れるほどのものだった。さらに力を込められた強い腕の中で少しの痛みを感じながら恭弥は溜息を一つ漏らした。

「あなたは馬鹿なの?」
「へ?」

恭弥の予想外の返答にディーノは気の抜ける様な変な声を出した。それと同時にディーノの気が抜けたらしく、今まで強く痛い程に抱きしめられていた腕の力は容易に抜け出せるほどに緩くなっていた。するりと恭弥はディーノの腕から抜け出した、かのように思えたが本当はそうじゃなくて、今度は恭弥がディーノの背中に両腕をまわして触れてるか触れてないか判断できないほどの力で抱きついた。

「……、だよ」

聞き取れるか聞き取れないかが判断しにくいような小さな声だった。

「ほんとに?」

小さな恭弥の告白を聞き取ったディーノは一瞬動きを止まらせて考えた。まさか、そんな。
恭弥から言われるなんて思ってもいなかったのだ。しかし先程の恭弥の蚊の鳴くような小さい告白は確かに"すき"の二文字を挟んでいて、何度愛しい人へ告げたかわからない言葉だった。とても聞きたかった二文字だ。
確かめるように問いかけた問いに返事はなかった。だけど身体を折り曲げるようにしてみた恭弥の耳は真っ赤で、それが先程の出来事が事実だと言うことを現わしていた。

「恭弥」

恥ずかしがってしがみつくようにTシャツにぴったりつく恭弥の耳元で名前を呼んだ。嬉しさと今までの愛しさをこめて。

「俺と結婚してくれる…?」

ディーノの心臓はもう何かか飛び出てしまいそうな程に早く鼓動を打っていた。必死に落ち着いたふりを装う。

「……いいよ」


一ヶ月前に言いたくて言えなかった言葉、ついに言えて、そして嬉しいことに恭弥はそれを受け入れてくれた。


喜びを押さえるのは無理そうだった。ディーノは壊れそうな程に細い恭弥が壊れてしまうんじゃないかと言うくらい強く強く抱きしめた。



ずっと前から想ってたよ。

[ 32/56 ]
[] []

(←)




第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -